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食のコラム&レシピ

【とっておきのヨーロッパだより】トリュイットって知ってマスか?

12<海外>とっておきのヨーロッパだより

2017.05.12

<【とっておきのヨーロッパだより】ってどんなコラム?>

ここフランスでは、いろいろな魚が様々な調理法で食べられています。最近ではアジア料理ブーム、特に日本料理の寿司の影響で生魚を好むフランス人が増えているようにも思います。実際、フランス人はどんな魚、どんな料理法が好みなのか? フランス校フランス人職員の家族や親族、学校関係業者など老若男女70名にアンケートを実施してみました。

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アンケートの結果、淡水魚よりも海水魚の人気があり、調理法ではムニエルが一番人気でした。

フランスは南北に豊かな漁場である北大西洋と地中海があるため、海の幸が豊富で、比較すれば海水魚の方を好む人が多いのは事実ですが、淡水魚の人気も決して劣るわけではありません。実際、内陸部の地域では、伝統的にその土地で獲れる淡水魚が好んで食べられ、美味しい料理も数多くあります。
アンケートの中で淡水魚1番人気だったマス(フランス語でトリュイット Truite)は、フランスでは年間を通じて親しまれている魚の一つ。年中どこのスーパーでもマスのマリネや燻製は販売されていますし、特にクリスマス時期には所狭しと並びます。日常でも、ハレの日のご馳走としても人気の高い食材であることが分かります。
またフレッシュのマスも魚売り場にはいつも並んでおり、手軽に購入する事が出来ます。上品で癖のない風味が幅広く好まれ、ポワレやムニエルなど家庭で簡単な調理で楽しめるのも人気の理由かもしれません。

今回は、そのフランス人の好む淡水魚、マスの養殖を見学してきました。
訪れたのはフランス中部のオーヴェルニュ地方、アリエ県シション川流域のフェリエール・シュル・シション Ferrière sur Sichonという小さな村。ここにあるマス養殖場『ピシキュルテュール・デュ・ムーラン・ピア Pisciculture du Moulin Piat』(以下『ムーラン・ピア』)です。

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養殖場はシション川流域にあります。この日は一面雪化粧

ここではトリュイット・アル・カン・シエル Truite arc-en ciel(注1)(以下ニジマス)と、トリュイット・ファリオ Truite fario(注2)(以下ファリオ)の養殖を行っています。

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ニジマス(上)とファリオ(下)

マスの養殖場はフランス全土に400か所ほどありますが、大規模な養殖場2か所を除いては少人数経営のところがほとんどだそうで、『ムーラン・ピア』もその一つです。ギヨーム・バゴ氏M. Guillaume Bagoはこの養殖場を、共同経営者のローラン・ブルジョワ氏M.Laurent Bourgeoisとたった2人ではじめました。この場所は元々川釣り専用のマスのみの養殖場でしたが、2007年に買い取り、食用のニジマス、ファリオの養殖を始めたそうです。

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(左)今回、ご説明いただいた、オーナーの一人ギヨーム・バゴ氏
(右)シーズンになれば釣り人で賑わいます

大きな養殖場とは違い、小さい養殖場だからできるこだわりをいろいろと伺ってきました。

―なるべく自然に近づけた孵化―
ニジマス、ファリオの孵化場です。

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(左)孵化場
(右)ろ過装置

天然のマスは10月~11月にかけて産卵し、1月~2月にかけて孵化するそうです。
産卵時、メスは川底に少し穴を掘って産卵し、そこへオスが精子をかけて受精します。通常、卵は石の下など暗い場所にあるので室内もそれ同様に真っ暗の状態を保っているそうです。
使用する水は横の河川からのもの。ろ過装置3つで余分なゴミ等を取り除き、なるべく自然に近づけるために水温などの調節は行わず循環させています。
孵化場は室内という事もあり12月のクリスマス前後に孵化しますが、水温によって若干のズレが出るという事です。10℃前後で35日、5℃前後で70日かかるそうです。

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孵化が始まっているファリオの卵

大きな養殖場だと照明や水の温度管理等が出来るため、年に数回孵化させることも出来るそうですが、こちらでは孵化は1年に1度、専門業者からニジマス5万個、ファリオ10万個の卵を仕入れて孵化をさせます。成魚の産卵から行おうとすると相当な水量と施設コストがかかるため、ここでは孵化から行っているそうです。

ニジマス、ファリオ共に孵化して15日の稚魚です。

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生後15日のニジマス稚魚

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生後15日のファリオ稚魚

ニジマスはファリオの倍のスピードで成長するそうです。小さいので少し見づらいですが、よく見ると早くも成長に少し差が出てきているのが分かります。
稚魚のお腹にあるものはヴィテリュス vitellus、もしくはヴェジキュル vésicule(注3)というらしく、孵化して3週間の間の栄養分です。ヴィテリュスがなくなってくれば、照明で室内を明るくして少しずつエサに慣れさせます。
稚魚が0.5gぐらいになれば、外のプールに放し成長を促します。以前は5月にプールへ移していたらしいのですが、室内と屋内の水温差がありすぎてうまく育たなかったので、近年は3月ぐらいに放しているということでした。

―室内養殖 期間限定食材―
川魚のフリチュール(小魚のフライ)は、海に面していないフランス内陸部ではポピュラーな魚料理の一つ。
ニジマスもよく用いられ、フリチュール用に養殖の需要も大きいようです。通常、稚魚がエサを食べ始めれば屋外のプールへ移して成長させますが、フリチュール用のニジマスは屋内のプールで20gサイズまで成長させて出荷します。5~7月にかけてが旬で、9月ぐらいまで出回る期間限定商品になります。

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(左)フリチュール用ニジマスの養殖場
(右)屋内のプール

フリチュール用の養殖はファリオでも試したようですが、環境の変化に敏感でうまく成長しなかったという事でした。

―食いしん坊のニジマスと警戒心のファリオ―
同じマスなのに、大きな違いを見ることが出来ました。ニジマスのプールに人間が近づくと、食いしん坊のニジマスはエサをくれると思い暴れるように寄って来ますが、反対に警戒心の強いファリオは離れていきます。
このことがニジマスとファリオの成長スピードに差をつけています。

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(左)食いしん坊のニジマスの大群
(右)すーっと離れる警戒心の塊ファリオ

自然の生き物を相手に行っているので当たり前の事ですが、ファリオは特に成長に個体差が出てくるので時折大きさごとに手作業で分け直して成育するプールを変えたり、その際にもなるべくストレスと与えないように気を配っています。この細やかな管理が少人数経営のモットーのようです。

―成長と出荷―
まず実際に商品として養殖しているニジマスとファリオの成長についてです。

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(左)250gサイズのニジマス
(右)250gサイズのファリオ

双方ともに、大体250gぐらいに成長させて出荷します。ニジマスは1年でこの大きさになりますが、ファリオを同じ大きさに成長させるためにはニジマスの2倍の期間、2年が必要だそうです。ファリオは水温が低いとエサを全く食べなくなるうえ、この地域では水温が低いためにさらに成長が遅く、時間がかかるのです。ちなみに大きな養殖所では、水温を安定させているのでファリオは13ヶ月程度で出荷できるそうです。
バゴ氏の考えでは、急激に成長させるとファリオ独自の風味や脂のつきが変わってくるので、ゆっくり自然に任せて成長させているという事でした。
出荷地域にもこだわりがあり、養殖場から車で1時間30分の範囲に限ります。それ以上になると鮮度が落ちてしまい、味わって頂きたいものとは違ってくるためだそうです。

―放流と生態系―
養殖したマスの半分は、3月になれば釣り人のために河川へ放流しなければならないというこの地域の釣り協会による規程(注4)があるため、販売対象となるマスは、実際に養殖しているものの半分となります。
放流したマスの対価は、同協会から支払われる仕組みになっています(釣り人は地域の釣り許可証書を協会から購入します)。マス釣りが解禁になる3月には、この地域は釣り人で賑わいます。

『ムーラン・ピア』ではニジマス、ファリオ共に20cm以上になると放流します。河川ごとに釣り人が釣り上げてよいマスの大きさが決まっているため、そのサイズまで成長させて放流するそうです。放流後は、全く管理することはなく自然に任せているようです。
生き残った魚が多すぎれば生態系が変わるのではないかとお聞きしたら、最近までの研究結果では、ほとんどの放流した魚は釣られており、また万が一生き残って産卵しても上手く成長できないという結果が出ているので、問題はないようです。

今回『ムーラン・ピア』ではマスの放流前の時期で、魚の数量が多い時期に訪問できたため、良い見学ができました。

―水へのこだわり―
やはり養殖に欠かせないのが河川の水です。使用する水は1つの河川から引いているそうで、枯葉などを全て取り除き、全てのプールへ流れていくそうです。

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(左)水源の河川
(右)枯葉等を取り除いて注ぎ入れる

河川の水量で養殖できる絶対数が決まるので、源泉が大きいとはいえないここでの養殖量は、年間30トンが限界だそうです。「他の河川からも水を引けば養殖できる数量も増えるのでは」とお聞きしたところ、確かに数量は増えるが、その反対に水を管理するのが難しくなるという回答でした。
魚が病気にかかった場合のリスク軽減と原因追及、河川水質維持のために、養殖に使用した水は元の水源に戻さなければいけないという規程もあるので、それにかかる費用も相当のようです。

各プールの横には源水が運ばれる水路があり、そこから各プールに注がれるようになっています。養殖場によってはプールからプールへと水が流れる仕組みにしている所もあるようですが、『ムーラン・ピア』でその方式にしていないのは魚が病気になった時に感染を広げないための工夫だそうです。

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各プールの横にある水路

―付加価値を―
通常は250gサイズで出荷するのですが、小さな養殖場で利益を上げるためには付加価値をつけた商品を作る事も必要です。『ムーラン・ピア』では、成長の早いニジマスを2~3kgサイズに大きくして切り身、またマリネや燻製にして販売をしています。大きく成長させようと思えば10kgぐらいにまでなるという事ですが、エサ代などのコスト面からは2~3㎏サイズがベストだそうです。

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2~3kgサイズ専用のプール

小さなプレハブ小屋の中にマスを処理する場所と燻製場がありました。

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(左)下処理のスペース
(右)燻製器。小さいながら、一度に60kg分まで加工可能

2~3kgサイズのニジマスの下処理、塩漬、乾燥、燻製、カット、包装までの全ての工程を手作業で行っています。フランスでは燻製なども地方によって好まれる風味が違い、北部では強い塩味と強い燻製の香りが、南部では双方ともに弱いものが好まれるようです。『ムーラン・ピア』では、南部寄りの穏やかな風味の燻製製品を製造しています。

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(左)『ムーラン・ピア』の商品
(右)好きなマス料理でアンケート1位のムニエル

見学後、フレッシュなニジマスとファリオ、そしてそれらの燻製を購入し、試食してみました。
通常は魚を〆てから調理するまでに1日程度置かないと、身が締まりすぎていて調理中に破裂するのですが、今回はより鮮度が良いものを食するためにすぐにムニエルにしました。身が活かっているため、破裂しましたが新鮮な証拠です。
ニジマスには普段感じる魚臭さが感じられず、ファリオには今まで感じたことのない魚の甘味を感じました。もちろん鮮度が良いという事もあるのでしょうが、『ムーラン・ピア』のこだわりを感じずにはいられないものだと思いました。
燻製のニジマスは香りの弱いブナの木くずを使用し、燻製の香りを抑えたものでした。

―庶民の味からガストロノミーの味へ―
リヨンから北西へ160km、オーヴェルニュ地方の温泉保養地として有名な町ヴィシーVichy中心地にあるレストラン『メゾン・デコレ Maison DECORET』のオーナーシェフであるジャック・デコレ氏M. Jacques DECORET(注5)に、『ムーラン・ピア』のマスを使っての料理を紹介して頂きました。
『メゾン・デコレ』は『ムーラン・ピア』からわずか25kmの所に位置するため、新鮮な良い状態のマスを使って頂く事ができました。

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(左)ジャック・デコレ氏
(右)ファリオのポッシェ、クレソンと青リンゴの組み合わせ

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(左)ファリオの照り焼き、3種のカリフラワーの付け合わせ
(右)マスとシャンピニョンのバリエーション

食材としては庶民的な部類に入るマスですが、火の入れ方、副材料の合わせ方次第でその印象は大きく変わり、レストラン・ガストロノミック(洗練された高級料理を出すレストラン)でも十分提供できる底力を持っている食材であることを感じました。

今回、マスの小さな養殖場を訪れましたが、自分が思っていた以上に食材であるマスと向き合い、愛情を注いで育てている生産者の姿勢が印象的でした。取材の最中は、その生産者の多くの小さなこだわりが消費者まで伝わっているかどうか不安視していましたが、ジャック・デコレ氏のような料理人が食材に敬意を払って1つの皿を作りあげていることは、生産者にとっても大変うれしいことではないかと思いました。
食に携わる人間として、食材に対しての思い入れを一層強くした取材になりました。

※今回紹介した魚の養殖方法は、取材先『ムーラン・ピア』独自のものです。養殖の方法は、各養殖場によって異なるものですのでご了承ください。


【取材協力】
Pisciculture du Moulin Piat
住所:03250 Ferrières sur Sichon
TEL : 04 73 94 61 36
www.pisciculturemoulinpiat.com
pisciculturemoulinpiat@hotmail.fr

Maison DECORET (Jacques DECORET)
住所:15 rue du Parc 03200 VICHY
TEL : 04 70 97 65 06
www.maisondecoret.com



(注1)
ニジマス...仏語名トリュイット・アルク・アン・シエル Truite arc-en-ciel: アメリカからの輸入種で、フランスでは大量養殖を行っている。体は銀色で、側面に紫色がかった帯がある。(『新ラルース料理大辞典』同朋舎、1999年)

(注2)
ブラウントラウト(陸封型)...仏語名トリュイット・ファリオ Truite fario: ヨーロッパの河川に住む在来種。口が大きく、体は金色がかっており、体の上半分にだけ斑点がある。(『新ラルース料理大辞典』同朋舎、1999年)

(注3)
ヴィテリュス vitellus: 生物の卵黄のことを示す。
ヴェジキュル vésicule: 生物の小胞、小嚢のことを示す。

(注4)
但し、養殖したマスの放流量は、オーヴェルニュ地方アリエ県の釣り協会の予算によって変化するため、一概に毎年半量と定められている訳ではないようです。

(注5)
ジャック・デコレ氏は「ラ・コート・サン=ジャック」、「トロワグロ」、「アルページュ」、「レジス・マルコン」など名立たるレストランを経て腕を磨き、1996年にはM.O.Fを受章。1998年に開業したレストラン『ジャック・デコレ』はミシュランガイドで1つ星を獲得。2008年には現店舗『メゾン・デコレ』に移転。