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【とっておきのヨーロッパだより】フランスチョコレート文化の始まり~バスク地方~
2017年10月27日

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<【とっておきのヨーロッパだより】ってどんなコラム?>


これからの寒い季節、日本のお菓子屋さんやデパートなどでは春や夏に比べて多くの色々なチョコレート菓子を見掛けるようになります。
暑い季節には濃厚なチョコレート菓子よりも、さっぱりとしたお菓子の方がよく売れますし、冬には季節柄、製菓材料として使える旬のフルーツの種類も少なくなり、バレンタインなどのイベントもあるため、その分チョコレートが多く並びます。
チョコレート好きの私にとって気持ちの高まる時期です。

ここフランスは日本に比べて、ショコラトリー chocolaterie(チョコレート専門のお店)も多く、小さな子供から年配の方までみんな楽しそうな顔でチョコレートを選んでいる姿をよく見かけます。
フランスのお菓子屋さんでは寒い季節だけではなく、年間を通して多くの種類のチョコレートが並んでいます。
友達の家に遊びに行く際の手土産や、ホームパーティーで出すデザートなど、季節関係なくみんなに喜ばれます。
また、カフェなどで温かいチョコレートの飲み物であるショコラ・ショー chocolat chaudを注文している人も多く、チョコレートはフランス人の日常に根付いていることを感じます。
チョコレートの原料であるカカオは元々フランスにあった植物ではないにも関わらず、なぜチョコレートがフランスでこのように普及しているのか、考えてみれば不思議に思えます。

そんな中「フランスにおけるチョコレート文化の始まりには、フランス南西部が重要な役割を果たしている」と聞き、詳しく調べるためにフランス南西部のビアリッツ Biarritzとバイヨンヌ Bayonneという町を訪ねました。
ビアリッツは大西洋に面した風光明媚なリゾート地として知られます。またビアリッツから内陸側に10㎞足らずの場所に位置するバイヨンヌはアドゥール川とニーヴ川という大きな川の合流地点に位置し、美食の町とも呼ばれる町です。
どちらの町も「バスク地方」と呼ばれる独自の文化を持つ地域に属することでも有名です。
バスク地方はフランスとスペインの国境周辺にまたがって存在しますが、この地域がフランスとチョコレートとの関係性に大きな役割を担っているのだそうです。

まずは、ビアリッツにあるチョコレート博物館『プラネート・ミュゼ・デュ・ショコラPlanète Musée du Chocolat』を訪ねました。

 

スクリーンと椅子のある部屋へ入りますと「チョコレートの歴史」を映像で学ぶことができます。


チョコレートの歴史はとても古く、紀元前600年ごろには南米大陸でカカオの栽培が始まり、13世紀ごろからメキシコで栄えたアステカ文明の中で飲料として発展しました。
初めは焼いたカカオ豆を挽き、唐辛子や生姜などの香辛料とでんぷんを加えて湯で溶いた『チョコアトル tchocoatl』という飲み物でした。
この飲み物は『神々の飲み物』と呼ばれ、収穫祭の儀式では神々への捧げものとして使われていました。
とても栄養価が高く、戦いに出る兵士の士気を高める為にも飲まれていたそうです。
また、カカオ豆は金よりも貴重とされ、1400年ごろのアステカではカカオ豆10粒でウサギが一匹、100粒で奴隷一人と交換出来るほど高価でした。
その為、チョコアトルは、アステカの人々の中でも貴族と兵士しか飲むことが許されなかったそうです。
16世紀初頭にスペイン人がアステカを侵略した際、チョコアトルもスペイン人に知られることとなりました。
その後、スペイン軍を指揮していたエルナン・コルテスが母国スペインにカカオ豆を持ち帰り、国王にチョコアトルを献上しました。
アステカ流の香辛料とでんぷんを加えたチョコアトルは、スペイン人の味覚に合うように徐々に調整され、砂糖や蜂蜜、シナモンやバニラを加えたチョコレート飲料が流行しました。
そんなチョコレートがフランス国内へ伝わったのが、スペインとフランスの国境にあるバスク地方です。

16世紀後半、キリスト教とユダヤ教の間の宗教問題によりスペインで迫害にあっていたユダヤ人が隣国であるフランスへ救いを求め、スペインからピレネー山脈を越え国境付近にあるバスク地方へ移住して来ました。
移住してきたユダヤ人の人々は様々な技術を持っていたと言われていますが、その一つがスペインで流行していたチョコレート飲料の製造技術です。
チョコレート飲料は初めは栄養価の高い"薬"として徐々に人々に知られていきましたが、
17世紀後半、スペインからフランス王家に嫁いだで王女マリア・テレサがチョコレートを好んで飲んでいたのをきっかけに宮殿内で広まり、その後フランス全土でも嗜好品として好んで飲まれるようになったのだそうです。
その時にはすでにバスク地方にはフランスで初めてのチョコレート工場が出来ていて、カカオ豆の加工やチョコレート飲料の製造が始まっておりここからフランス全土に広まっていきました。

飲み物としてフランスのみならずヨーロッパ全土に広まったチョコレートですが、カカオ豆を挽いただけでは油脂分が多く、湯や牛乳に溶けにくく濃度が濃いものでした。
飲みやすくするため、18世紀にオランダのカスパルス・ファン・ハウテン(注1)が油脂分を抽出する技術を開発しました。
この技術のおかげで、湯や牛乳に溶けやすく飲みやすいチョコレート飲料が出来ました。
その後、イギリスのジョセフ・フライが湯の代わりに抽出した油脂を加え冷やすと、チョコレートが固形になることを発見しました。
19世紀にはヨーロッパ全土で技術革命が起こり、チョコレートの加工技術が発展し、今の固形チョコレートの形になりました。

ビデオで学ぶチョコレートの歴史は壮大で、事前の下調べで知っていたこともあれば知らなかったこともあり、とても興味深いものでした。
特にチョコレートがバスク地方の町に伝搬しフランスへ広まってった経緯は、現地で改めて見返すと感慨深いものがありました。

また博物館では、今では一般的になっている固形のチョコレートについての製法も、詳しく説明されていました。
チョコレートは、まず、カカオの実からカカオ豆を取り出し乾燥させるところから始まります。
次に乾燥させたカカオ豆を砕いて焙煎し、製粉します。
製粉の段階で、油脂分であるカカオバターと固形部分のカカオマスに分別されます。
その後、カカオマスに砂糖や油脂分、粉乳などを加え練り合わせ、加熱・調温してチョコレートを作ります。(注2)

この博物館では実際に使用されていた機材や古いチョコレートの型などの貴重な展示物も見る事が出来ます。

 
(左)カカオ豆を砕くローラーのついた粉砕機
(右)製粉や焙煎をする手動の機材

 
(左)でんぷんの粉などに押しつけてそこにチョコレートを流すための型
(右)様々な形(魚や貝殻、花など)の鉄製の型

チョコレートの歴史という事で、ショコラ・ショー専用の器や古いチョコレート菓子のパッケージなどもありました。

 
(左)鉄や陶器で作られたショコラ・ショーのポット
(右)1800年代後半の実際に使われていた古いパッケージ

博物館には、他にもチョコレート加工が始まった当初に使われていた器具や型など、とても貴重な展示物がたくさんあり、素敵な時間を過ごせました。

 
(左)博物館にはショップが併設されており、お土産に様々なチョコレートを買う事ができます
(右)チョコレートの歴史についてのパンフレット


せっかくバスク地方を訪れたからには、この地からチョコレートがフランスに広まっていった歴史を振り返りながら様々なチョコレートを味わってみようと思いました。
まずは「飲む」チョコレート、ショコラ・ショーの名店へ向かいます。

バイヨンヌにショコラ・ショーといえば外せないという『ショコラ・カズナーヴ Chocolat Cazenave』という店があります。創業は1854年という老舗です。



スペシャリテは"泡立ったチョコレート"を意味する「ショコラ・ムスー Chocolat moussex」という名前のショコラ・ショーです。
フランスに伝わった当時のショコラ・ショーは濃厚で飲みにくかったため、口当たりを軽くするために泡立てて飲まれることが多くあったそうです。
このお店は昔からの製法のまま手で泡立てたショコラ・ムスーを提供しています。


ショコラ・ムスーにはバタートーストを合わせるのが店のお勧めだそうです

ふわふわの泡がたっぷりと乗っていて、私のイメージしていたショコラ・ショーよりも軽い口当たりでした。
甘いショコラ・ショーにたっぷりバターが塗られたトーストの組み合わせはとても美味しかったです。

ビアリッツやバイヨンヌなどにかけては他にもチョコレートを扱う伝統的な店が多くあり、そのうちの何軒かを巡ってみました。


まずは1895年創業の老舗パティスリー(製菓店)『パリエス PARIES』。


チョコレートの種類の豊富さはショコラトリーにも引けを取らないものでした


『アンリエ HENRIET』は、1946年創業のショコラトリー



ビアリッツでとても人気のあるお店で、店舗は小さいですがお客さんでいっぱいでした。


そして『メゾンアダム MAISON ADAM』は、何と創業1660年のパティスリーです。


本店は、ここよりもスペイン国境寄りのサン=ジャン=ド=リュズという町にあります


どのお店でも沢山の種類のチョコレートが売られていましたが、どのお店にも共通して置かれていたのは、『ベレ・バスクBéret Basque』と『ロッシェ Roche』、『サルディーヌ Sardine』の3種です。
ベレ・バスクはバスク地方の民族衣装とされるベレー帽の事で、その形を模しています。

 
中にはアーモンドの風味がしっかりとした自家製のマジパンが詰まっています


ロッシェとはフランス語で岩の事で、その名の通りごつごつした形をしています。
砕いたアーモンドやヘーゼルナッツをチョコレートでコーティングしたもので、フランスの他の地方で見掛けたものよりも一回り以上大きいものがほとんどでした。

 
まさに岩のようなごつごつ感で、食べごたえがありました


サルディーヌはイワシの事で、この地域ではよく取れる事からこの形のチョコレートが作られるようになったそうです。

 
包み紙の中のチョコレートにもイワシの形と模様がついていました

包まれているパッケージの魚はお店によって顔や表情が違い、色々比べながら好みを探すのも面白いと思います。


他にも、バスク名物のガトー・バスクGâteau Basque(注3)のチョコレート味もありました。



日本で知られているガトー・バスクはサクランボのジャムが入っているものや、カスタードクリームのものがほとんどなので、チョコレート味は初めて食べました。
口どけの良い生地に濃厚なチョコレートクリームの組み合わせが私の好きな味でした。

今はいつでも手に入れること出来て、私たちの身近にあるチョコレートですが、古い歴史を持っています。
フランスにおけるチョコレートの文化が始まったバスク地方は、まだまだ発見がありそうで、何度でも訪れてみたいと思える場所でした。


(注1)現在もココアで有名なオランダの「バンホーテン VAN HOUTEN」社創業者。

(注2)
チョコレートの製法についてもっと知りたい方は『魅惑のチョコレート・ヴァローナ社"チョコレート工場の秘密』をご覧下さい。

(注3)
ガトー・バスクについては『ガトー・バスクを巡る旅~誰もが愛する素朴な地方菓子の魅力2~』で紹介していますので是非合わせてご覧下さい。


参考文献
チョコレートの歴史、及びヨーロッパへの伝わり方に関しては、以下の出版物を参考にしました。
『お菓子の歴史』(著:Maguelonne Toussaint-Samat 訳:吉田春美)河出書房新社
『味覚の歴史 フランスの食文化-中世から革命まで』(著:Barbara Ketcham Wheaton 訳:辻美樹)大修館書店
『食の歴史Ⅲ』(編:Jean-Louis FLANDRIN/Massimo MONTANARI 監訳:宮原信/北代美和子 訳:菊池祥子/末吉雄二/鶴田知佳子)藤原書店


取材協力店
『Planète Musée du Chocolat』
住所:14 Avenue Beau Rivage 64200 BIARRITZ
TEL:+33 (0)5.59.23.27.72
URL  http://www.planetemuseeduchocolat.com/

『Chocolat Cazenave』
住所:19 Rue Port Neuf 64100 BAYONNE
TEL:+33 (0)5 .59.59.03.16

『PARIES』
住所:1 place Bellevue 64200 BIARRITZ
TEL:+33 (0)5.59.22.07.52

『HENRIET』
住所:Place Georges Clémenceau 64200 BIARRITZ
TEL:+33 (0)5.59.24.24.15

『MAISON ADAM』
住所:27 place Clémenceau 64200 BIARRITZ
TEL:+33 (0)5.59.26.03.54

このコラムの担当者

久世 愛美

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