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連載コラム とっておきのヨーロッパだより
辻調グループ校には、フランス・リヨン近郊にフランス料理とお菓子を学ぶフランス校があります。そこに勤務している職員が、旅行者とはまた違った視点から、ヨーロッパの日常生活をお届けします。
南伊カラブリア食紀行 ― 辛くて美味しい唐辛子王国へ
   唐辛子は、日本でもおなじみの香辛料。タイやインドの激辛料理が日本ですっかり定着した要因のひとつにも、辛いけどその刺激がクセになる唐辛子の魅力があるようだ。イタリア料理でもペンネ・アッララッビアータPenne all’arrabbiata (唐辛子入りトマトソースのペンネ)は定番の人気料理だし、イタリア料理=唐辛子(+ニンニク)たっぷり、のイメージを抱いている人は多いかもしれない。
   しかし、実はイタリアでも唐辛子やニンニクなど刺激のある香辛料を好まない地域や人はけっこう多い。イタリアは南北に長く、各地方に独自の食文化が築かれているので、ある地域の常識が別の地域では通用しないことが多々あるのだ。そういった地域では、これら香辛料の使用許容量は日本人の平均的感覚よりもだいぶ控えめのようで、日本と同じ感覚で使うと不満の声が出る事が多いようだ。
   イタリア北部に住んでいた頃のこと。アクセントにペペロンチーノPeperoncino(唐辛子)を少々入れたパスタを作って知人に出したら、知人は「エ・トロッポ・ピッカンテÈ troppo piccante (辛すぎる)! カラブレーゼCalabreseにしか食べられないよ」と冗談半分に、食べるのをためらう。カラブレーゼとは、南部カラブリアCalabria州の人のこと。この地域の人は「大の唐辛子好き」とイタリア全土で知られており、唐辛子を効かせたサラミや料理などには大抵“カラブリア風”の名前が付いていた。ときに「カラブレーゼ=度外れた辛い物好き=ついていけない」という他地域のイタリア人の微妙な感情も感じる事があった。「ちょっぴり辛いからこそ美味しい」と思って作ったパスタをけなされて悔しかった事が直接の動機、と言うわけではないけれど、巷に聞く「辛いもの好き王国」のようなカラブリアへの親しみは日々強くなっていった。いつかかの地へ行って“辛いけど美味しい”体験を、地元の人と共有してみたいと思いながら月日が過ぎた。
   カラブリア州は、長靴の形をしたイタリアの“つま先”部分に当たるイタリア本土最南端の州。盛夏には35度を越す日もしばしばある暑い土地だ。唐辛子は中南米原産の植物で、15世紀末コロンブスの新大陸発見と共にヨーロッパに伝わった歴史が有名だが、ヨーロッパの他の地域よりも特にここイタリアのカラブリア州に普及した理由についてはいくつか推測される理由があるようだ。いわく、土壌や気候が唐辛子の原産地に近く、栽培に適していたこと。いわく、暑さ厳しい地域なので傷みやすい食品の保存に有効だったことから普及した、などなど…。
   ちなみに訪れたのは6月中旬、気温はすでに30度近い。保存のための唐辛子は確かに必要、とうなずける気候であった。透き通るような海には早くも海水浴客がちらほら見える。
   案内してくださったのは、マリーザ・ジリオッティさん。本業は建築家だが、地元の食文化への愛情からスローフード協会ソヴェラートSoverato支部の代表を務めている。ソヴェラートは人口1万人弱、カラブリアの州都カタンツァーロCatanzaroにほど近い小さな町だが、早朝から地元特産物のたくさん集まる大きな青空市が立つと聞き、案内していただいた。
市場風景

市場風景

唐辛子の苗売り(後ろのトラックの荷台にびっしり)

唐辛子の苗売り
(後ろのトラックの荷台にびっしり)

   青空市は朝の8時ですでに大変なにぎわい。青果からサラミ、チーズ、魚や肉、お菓子などの屋台の中に、特産である唐辛子関係の農産物が目をひく。見て回ると赤い香辛料用の唐辛子のほか、ピーマンやシシトウに似たペペロンチーノ・ドルチェPeperoncino dolce (甘唐辛子)も色々な種類が売られている。唐辛子の苗を満載した荷台をそのまま売り場にしているおじさんは、朝から声を張り上げて商売にいそしんでいる。マリーザさんによると、この地域の一般家庭には必ずと言ってよいほど唐辛子の鉢植えがあり、日々の収穫を毎日の料理に使うのだそうだ。
   サラミやチーズの専門店もかなり出ている。真っ赤な唐辛子を練り込んだり、周囲にまぶしたものが多い。農家の直売であるチーズの屋台で赤いチーズを試食させてもらったら、唐辛子の刺激がまろやかなチーズに合いなかなかオツな味。唐辛子まぶしのペコリーノ(羊乳チーズ)を丸ごと一つ購入してしまった。

ペコリーノ。唐辛子風味は真っ赤   左の緑は丸い唐辛子。右はトマト

ペコリーノ。唐辛子風味は真っ赤

 

左の緑は丸い唐辛子。右はトマト


   東洋人が多くない土地柄のためか、始めは少々いぶかしげな周囲の視線を感じた。が、マリーザさんが訪れる屋台の人々に私のことを「彼女は日本人で、この土地の唐辛子料理を勉強しに来たのよ」と紹介してくれるうち、いぶかしげな凝視は「そんな遠い所から、私たちの辛い料理に興味を持ってきたの!」という好意のまなざしに変わった。数軒先の屋台の人々まで、私が視線を向ける品物に、先回りして「これは○○っていって、辛いけど美味しいんだよ。××の特産品だよ」などなど説明をしてくれる。あまりにも矢継ぎ早で覚えきれないほどの説明だったけれど、シャイで親切心一杯な地元の人々の好意がうれしかった。
   市場の後は、年間50トンの唐辛子を生産するという有機栽培農家を見学。市場で見かけたのと同じ細長いものや丸いもの、形のヴァリエーションも豊富。ドルチェ(甘い、つまり辛くない)な唐辛子は野菜として料理に使われるものも多く、たとえばまん丸のタイプはくり抜いて肉詰めにすると美味しいらしい。ちょうど収穫時だという長い品種を見せてもらった。これは赤く熟して乾燥させて使う他、青いうちに薬味としても使うことが多いという。

収穫を待つ唐辛子畑   青いうちに薬味としても使うタイプ

収穫を待つ唐辛子畑

 

青いうちに薬味としても使うタイプ


   午前11時過ぎ、お昼にはまだ早いけれど、朝早くから歩いて小腹が空いてきた私にマリーザさんは「こんな時ぴったりの美味しいものがあるのよ」とカラブリア州の州都、カタンツァーロへ。州一の都会とはいえ人口は95,000人ほどの、丘の上に立つ小ぢんまりとした街である。石畳の坂道を上りつ下りつ、一軒の飲食店らしき店へ…“らしき”と書いたのは、店内が自分の知っているリストランテやトラットリアと言った飲食店とは少々違っていたからだ。簡素なテーブルが3-4つばかり並んだ店の入り口には、鍋が一つ…何やらシチューのようなものがグツグツ煮こまれ、
店内。鍋に注目

店内。鍋に注目

スパイシーで食欲をそそる香りが。テーブル席以外の店内の壁際はまるで食料品店のような透明ガラスケースで囲まれ、ケースの中には辛そうな真っ赤な粗挽きサラミや、ヒョウタンの様な形をした南イタリア独特のチーズが並ぶ。ここはオスタリアHostaria (オステリアOsteriaともいう。居酒屋の類)という名前が看板に出ているとおり、切ったサラミやチーズを肴に気楽にワインを飲む客が主な店らしい。しかし、一体何が出てくるのやら…? いぶかしがる間に、店のご主人はフラフープのようなリング状のパンを切り始めた。これはピッタPittaという、地元独特のパンらしい。ホットドッグくらいに切り分けたパンに切れ目を入れる。さらにご主人は店頭の鍋に近づき、鍋の中身をすくってパンにはさみ始めた。鍋の中には、トマト色をした熱々の煮込み。汁気たっぷりのそれはパンにおさまり切らず、皿に液体が溢れる…何もかも初めて見るものばかりであっけに取られているうち、一人前が私の前に置かれた。これが、カラブリアの誇る伝統的スナック“モルツェッドゥMorzeddhu”だと言う。

ピッタの切り分け。1つで5人前取れます   汁も多めに。つゆだくです

ピッタの切り分け。
1つで5人前取れます

 

汁も多めに。つゆだくです


   モルツェッドゥは、要するに牛や豚の内臓(胃、腸、肺、脾臓など)をトマトと唐辛子で辛く煮込んだシチュー、そしてそれをピッタにはさんだ一種のサンドイッチのことであった※註1。たっぷりの汁気をわざとパンに浸み込ませて供し、美味しい汁に浸った柔らかなパンを手で持って食べるのが本式の食べ方という。汁気たっぷりのパンにかぶりつくのはどうやっても上品には行かず最初はちょっと恥ずかしいけれど、食べているうちに気にならなるくらい夢中になる。ピリッと、というよりはヒリヒリと辛い汁の浸み込んだパンが絶品! 唐辛子が入ってこその辛い美味さだ。

モルツェッドゥ一人前   お行儀ぬきでガブリ

モルツェッドゥ一人前

 

お行儀ぬきでガブリ


   このあたりの人々は昔から、大体午前10時ごろにこの唐辛子の効いたモルツェッドゥで朝からの仕事に一息ついたという。昔はこのシチューを朝から作って鍋ごと店の外に出しておいて温め、良い香りに誘われて集まる人々に売るのが常だったとか。今では鍋は衛生や安全の問題から外には出せないし、皆が10時に食べる訳ではないようだが、今でも軽食として根強い人気があるという。

形から“ムーゾ・ディ・カーネ(犬の鼻面)”と呼ばれる品種の唐辛子

形から“ムーゾ・ディ・カーネ
(犬の鼻面)”と呼ばれる品種の唐辛子

   午後に訪れたサルミフィーチォ(サラミ製造所)では、唐辛子をたっぷり使った地元のサラミの製造をいくつか見せてもらった。中でも「ンドゥイァN’duja※註2」は是非見たいと思っていた。カラブリアの唐辛子文化を象徴する食品の一つと言えるこのンドゥイア、水に漬けてから丸ごと挽いた唐辛子ペーストと、豚バラの脂身に赤身、塩などを練り混ぜて豚の腸に詰め、1ヶ月ほど熟成させたサラミの一種。見た目からして強烈。いかにも辛そうな真っ赤な色合い、腸の形そのままのシルエット。初めて見る人、辛いものが苦手な人はまず敬遠しそうな外観だ。

唐辛子のペースト   これを腸に詰めていく

唐辛子のペースト

 

これを腸に詰めていく


   しかし中身はリエットのように柔らかく、ヒリヒリはするが案外食べやすい。唐辛子の辛味と熟成によるかすかな酸味のハーモニーは好き嫌いが分かれるかもしれないが、慣れれば病みつきになるに違いない味だ。実際、近年では地元カラブリア州での消費のみならず、世界各地、果ては日本にまで輸出されているほど人気が高まっているという。

熟成途中のンドゥイア、ちょっとメンタイコのようです   出荷準備

熟成途中のンドゥイア、
ちょっとメンタイコのようです

 

出荷準備


   中身をしぼり出してパンに塗ったり挟んで食べるのが一般的だが、ゆでたてのパスタ、それもイタリア南部独特の歯ごたえのあるショートパスタのソースに加えると非常に美味しい。目玉焼きと一緒に食べる事もあるそうだ。

   夕食は、私の「地元で昔から食べられている郷土料理を」とのリクエストを聞き入れていただき、マリーザさんの計らいで、宿泊したソヴェラートのホテル内のレストランで夕食を作っていただくことになった。 郷土料理は素材を生かした、シンプルかつ滋味豊かなものが多い。ナスのマリネや魚のフライなど辛くない料理ももちろんあったが、やはり他の地方よりも唐辛子の使用頻度は多いようだ。使い方は、乾燥 赤唐辛子を調理の段階で加えるほか、昼間見学した畑でも説明を受けたとおり、フレッシュな青唐辛子を刻んで仕上げにかけるのが特徴的だった。

前菜のサラミ(唐辛子入り)   イワシのマリネ。散らしてあるのは青唐辛子とミントの葉

前菜のサラミ(唐辛子入り)

 

イワシのマリネ。
散らしてあるのは青唐辛子とミントの葉


   手打ちパスタはフィレイヤFilejaというこの地方独特のもの。細長く伸ばした生地を細い棒に巻きつけて成型する、手間がかかったパスタだ。ソースはトマトベースにパンチェッタ、数種のキノコ入り。赤唐辛子とニンニクで風味がつき、仕上げにかけるおろしたペコリーノチーズとバジリコの葉で奥行きが出、そして仕上げの刻み青唐辛子で引き締まった味のハーモニー。感激的な美味しさだった。
   バッカラ(乾し鱈)はイタリアでは北部で良く食べる事が知られているが、カラブリア州でも昔から身近な食材でさまざまな伝統料理があるという。青唐辛子が薬味のようにかかり、さわやかな辛味で料理を引き立てていた。

絶品パスタ、フィレイヤ   バッカラも“カラブリア風”

絶品パスタ、フィレイヤ

 

バッカラも“カラブリア風”


   唐辛子の入った料理はどれも少々…いやだいぶ辛味のあるものもあるが、インドやタイの料理と比較すれば、平均的日本人なら十分美味しく食べられる範囲の辛さと思える。特に暑い中でこれらの辛味の効いた美味しい料理は、食欲を亢進し元気を出すようだ。地元で取れた季節の物を食べる“地産地消”は実にまっとうな考えなのだな…と、身を持って理解できた気がした。
   バッカラ(乾し鱈)はイタリアでは北部で良く食べる事が知られているが、カラブリア州でも昔から身近な食材でさまざまな伝統料理があるという。青唐辛子が薬味のようにかかり、さわやかな辛味で料理を引き立てていた。

マリーザさんとミンモさんご夫妻

マリーザさんとミンモさんご夫妻

   食後、近くにあるマリーザさんのお宅へ伺った。朝の市場で聞いたとおり、こちらのお宅にも大きな唐辛子の鉢植えがあった。ふんだんに唐辛子の実が実っている。収穫したものはすぐ使うほか、酢漬けや油漬けにして保存し、違う風味のヴァリエーションを楽しむと言う。
   ご主人のミンモさんは58歳だが精悍に日に焼け、顔も声もとても若々しい。若さの秘訣はやっぱり「もちろん唐辛子」だよ、との事。「美味しいし健康にもいいしね。日本では唐辛子は食べられているの?」との問いに、もちろんですとも!と、“辛い美味しさ”を分かち合える喜びで話がはずんだ。

ギリシャへつながるイオニア海。岩礁はエメラルドグリーンに透き通る

ギリシャへつながるイオニア海。
岩礁はエメラルドグリーンに透き通る

   カラブリアは、イタリアの南部問題の例にもれず、経済的には順調とは言いがたい地方ではある。が、美しい海のすぐそばに緑豊かな山や丘陵という変化に富む環境に恵まれ、海の幸、山の幸の食材はたいへんに豊かだ。そこにピリ辛唐辛子のアクセントが加わることで、この地の食文化が唯一無二の魅力的なものになっている。辛いものを愛する、心優しい人々が住むこの土地に、ぜひまた訪れてみたいと思う。

※註1 カラブリアのカタンツァーロ以外では“モルセッドゥ”“モルツェッロ”など、地域によってさまざまな呼び方、レシピがあるが「動物の内臓を用いた煮込みが入った料理」である点は共通しているようである。
※註2 “ン”から始まる奇妙な名の語源は、フランスのアンドゥイエットAndouillette (臓物の腸詰め)から来ているという。

レストラン情報
1)モルツェッドゥの店
OSTERIA MANGONE GIUSEPPE (オステリア マンゴーネ・ジュゼッペ)
※ただし表の看板表記は"HOSTARIA DA PEPÈ”
(オスタリア・ダ・ペペ、ペペはジュゼッペの愛称)
住所:Vico I Piazza Roma 88100 CATANZARO
電話:0961-726254
営業時間:10:00〜15:00、17:30〜23:00
(モルツェッドゥは毎日朝10時〜売り切れまで)
定休日:日祝
※モルツェッドゥ以外にも、美味しい家庭料理がいろいろあり。
※毎週金曜日は伝統的に肉を食べない精進日なので、
バッカラで作ったモルツェッドゥを出す。

2)辛い料理づくしの店
HOTEL RISTORANTE “IL NOCCHIERO” (ホテル・リストランテ“イル・ノッキエーロ”)
住所:Piaza Maria Ausiliatrice 18 88068 SOVERATO
電話:0967-21491 ファックス0967-23617
営業時間:12:30〜14:30、19:30〜21:30
定休日:土
※海と山の幸をいかした多彩な郷土料理が自慢。




 

コラム担当

フランス校シャトー・エスコフィエ教務部
人物 合田 達子
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