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連載コラム とっておきのヨーロッパだより
辻調グループ校には、フランス・リヨン近郊にフランス料理とお菓子を学ぶフランス校があります。そこに勤務している職員が、旅行者とはまた違った視点から、ヨーロッパの日常生活をお届けします。
イタリアのおいしいPRIMAVERA(プリマヴェーラ)〜春〜
 北イタリアの冬は、日本でもたれている温暖なイタリアのイメージとは異なり、かなり厳しい。それだけに、人々の春を待ちわびる気持ちは切実なものがある。命あるものとして冬を乗り切った嬉しさ… 大げさ? でもまさにそんな感じだ。自然の色と光、暖かさを体中で受け止め、満喫したくなる… そして、その浮き立った気持ちをより実感させてくれるのが、春しか食べられないさまざまなおいしいものたちだ。
 春先のこの時期、イタリアで真っ先に食べたくなるのが生のソラマメ。「え〜ナマぁ!?」と知らない人には疑惑を持たれるのだけど、これがワインの肴にいい。まだ結実したばかりで未熟な小指の先ほどの豆に塩をつけながらかじると、ちょっと甘くほろ苦い。塩だけでもいいし、サラミを添えてリグーリア地方風、ペコリーノチーズとのローマ風の食べ方もいける。 ちなみにリグーリアでは赤ワイン、ローマの方では白ワインが生のソラマメに合わせるワインらしいが、どちらでもおいしいことに変わりはない。
 チーマ・ディ・ラーパも春ならではの野菜。これはアブラナ科の野菜で菜の花とブロッコリーの中間のような外観をしており、甘味とうま味が濃く、とても食べやすい。ゆでてオリーブ油とレモンをかけるだけでもおいしいが、よく知られているのは、ニンニクとアンチョビを利かせ、オレッキエッテ(耳の形のパスタ)と合わせる素朴なパスタ料理だろうか。
 サラダ菜やレタスの生えたばかりの若芽やさまざまな野菜(ニンジンやキャベツ)の若芽、そしてボリッジやタンポポなどの野草、はてはパンジーやバラ、サンブーコ(セイヨウニワトコ)などの食べられる花まで混ぜこんだ「春限定ミックス野菜」が手に入るのも春先の楽しみ。カラフルなそのミックスは、ゆでてオリーブ油で、あるいはフリッタータ(オムレツ)に混ぜ込んで食べると、ちょっとほろ苦くて、ふきのとうなどの山菜を思い出させる。万人に受ける美味というよりは、まさに季節を体感するために食す味、といえるかも。


 魚屋ではビアンケッティ(イワシの稚魚、つまりシラス)がこの時期、幅を利かせている。初春を感じさせる気の利いた一品としてレストランでもよく使われる。パスタやピッツァの具、薄焼きのフリッタータ、衣に混ぜてかき揚げ状のフリット、スープ…ちょっと値段は張るのだが、軽い塩味と磯の風味は魚好きなら間違いなく好きになる味で、この時期はなんとか機会を作り、一度でも多く食べたくなる。
 …春ならではのこれらの食材を調達すべく、ニマニマしながらイタリアにでかけようと思っていた矢先、イタリアに住む友人から、思いがけない情報を得た。
 「いまこの時期の美味といえば、ヴェネツィアのあるヴェネト州のカニでしょう。殻が柔らかくて、フリットが最高なんですよ。えー知らないの?」…うーんそうか。確かにヴェネト州の海は、浅瀬で潮の干満が激しいラグーナ(潟)と呼ばれる海域で、甲殻類も豊富に取れ、その料理も盛んなのだ。しかし柔らかいカニとは…?
 調べてみると、このカニはMOLECHE(モレーケ。日本語でもソフトシェルクラブの名で出回るブルークラブの仲間。ヴェネト方言ではモエーケ、モエケとも言う)といい、脱皮直後の柔らかい状態らしい。カニは脱皮をして成長するが、春と秋2回の脱皮のあとには殻が柔らかく、丸ごと食べられるとか。ヴェネツィアからその南にあるキオッジャという町の漁場にかけて、少なくとも300年にわたって捕られ、地元民に賞味されてきたという。イタリアに長く住んでいても知らないことの方が多いのは分かっていたけれど、これは不覚だった。ぜひ食べてみなければと一路ヴェネツィアへ…。
 ヴェネツィアはあいにくみぞれ交じりの寒い天候だったが、思いがけない歓待が待っていた。
 レストランのシェフで、イタリアのスローフード協会で料理講師もつとめるガルディーノ・ザーラ氏が、春の味一杯の自宅の晩餐に招待してくれたのだ。もちろんモレーケもいただけるという。生のスカンペッティ(子供のアカザエビ)や春野菜のプンタレッラ(チコリの一種)のサラダ…食材を生かし、シンプルながらも素晴らしくおいしい前菜やパスタのあと、いよいよモレーケの調理。

 ザーラ氏は、テーブルの上を逃走するモレーケを捕まえながら、モレーケの代表的な料理法「モエーケ・コル・ピエン(これはヴェネト方言。イタリア標準語ではモレーケ・リピエーネ:詰め物をしたモレーケの意)」と普通の素揚げ、2種類の説明をしてくださった。ヴェネト州の漁師たちは、とれたてのモレーケをこの素揚げか、時には豪快に生で(!)食べてしまうそうだが、もう少し内陸では、この「詰め物」にして料理するらしい。
 おどろくのがこの「詰め物」の正体。生きたままのカニを、溶いた生卵の中に沈めて溺れさせ、卵を飲ませるのだ。私の愛読書『イタリア地方料理レシピ集』内の、同料理のレシピにも、溶き卵のボールの中に生きたままのモレーケを入れ、「上から皿でふたをする…逃げなくなるまで。約2時間後には死んでいるだろう(合田:訳)」と書いてある。ヒエー。

 しかしそうした後、粉をつけてカラッと揚がったモレーケは、そのまま素揚げにしたものに比べて余分な水分がなく、身はふっくら、殻はさくさく… う、うまい! 可哀相だけれど、卵で「詰め物」をした方がカニのうまさを一層堪能できるようだった。
 このモレーケ、イタリアのスローフード協会の「プレシディオ運動」(環境破壊や伝統の断絶により、放っておけば消えてしまう食材を保護する運動)の「保護品目」に指定されている。それだけ現在は貴重な食材となっているのだが、スローフードと共に保護活動を展開しつつも、春を連れて来る食材として地元民に愛されているという。
 久しぶりの、おしゃべりを交えての長ーいイタリア式晩餐は真夜中を過ぎても続く。ザーラ氏がふと、
 「イタリアには貧しい土地はあってもまずい料理はない。“スピーリティ”(魂、精霊というような意味)に、“エネルジーア(エネルギー)”をもらうのが、イタリアの料理なんだよ」
 と、のんびりしたアクセントのヴェネト訛りで、誇らしげに語った言葉が印象に残った。
 季節ごとに、その時にしか出会えない“魂”からエネルギーをもらう料理・・・いい言葉だな。
 特に春は、若い実や芽、動物の幼生などのあふれでる新しい魂をいただき、身の内にエネルギーを蓄える。その季節がめぐってきた喜びをかみしめながら、市場でたくさんの“魂”を買い込み、また来るよーと、春のイタリアを後にした。



コラム担当

辻調グループフランス校 エスコフィエ校 教務部
人物 合田 達子
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