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【エスプリ】ひとくちのエピソード(4)
2014年02月21日

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橘の乱

 

<【ひとくちのエピソード】ってどんなコラム?>

 

「そりゃ、もちろん痛いよ! 何百人もが診てもらいに行くんだから。

でも本当に治療が必要な人なんて、一割くらいのもんだよ」

数百人のうちの一割に治療が必要って、それは尋常ではないでしょう、というと、

そりゃそうだと彼は笑った。


ピエモンテ州、イヴレーアIvrea。

世の中にはいわゆる、とんでもないお祭りというものがあるわけですが、ここでも毎年、冬の寒さにもそろそろ懲り懲りというカーニバルの時期に、すさまじい熱気をまとってクレイジーな三日間がやってきます。

厳重警戒の町中には、建物を防護するネット。

イタリア名産の《あれ》を大量に投げつけるお祭りです。

トマトではありません。ここで投げるのは、もっと固い皮をしたシチリアを彷彿とさせる果物。


数年前の春が近づくある日、シチリアはラグーサRagusaのお宅でいただいた、《それ》のサラダがとても印象的でした。

フローレンスフェンネルと呼ばれる、白くて大きい玉ねぎのような野菜を薄切りにして、《それ》の皮をむいて取り出した果肉と合わせ、オリーブオイルと塩を少しふりかけて和えるだけ。

赤と白のコントラストが見た目にも鮮やかで、口に含むと赤い果肉が甘酸っぱく、噛みしめたなら、フェンネルのさわやかな香りがふわっと鼻腔を抜ける。

そんなサラダの主役。


それを投げつけるというのです。力いっぱい、これでもかと。

おわかりでしょうか。イヴレーアのカーニバルといったら、雪合戦ならぬ、オレンジ合戦。

町中が潰れたオレンジの甘酸っぱい香りに満ちるお祭りなのです。

しかも、みかん色のオレンジではなくて、日本ではブラッドオレンジと呼ばれる赤い果肉をしたものをたくさん使うため、果汁の飛沫を浴びた人は頭から血を流しているように見えることもしばしば。

道に積もったオレンジに靴もドロドロ、祭りが終わってしまえば、もう使いものになりません。


そもそも、どうしてオレンジを投げるのでしょう。

イヴレーアでは昔から、カーニバルになると戯れに豆を投げていたようです。

それがいつしか、山車に向かって砂糖菓子のコンフェッティや花も投げるようになり、果てには若い娘が意中の若者の気を引こうと、オレンジを投げはじめたのです。

今や、祭りにはきちんとルールがあり、史実に基づくというストーリーも設定されています。

中世、当時イヴレーアを治めていた暴君が花嫁に初夜権を行使することに対して、粉屋の美しい娘が反抗。

それをきっかけに民衆が立ち上がったのですが、武器がなかったため、豆を投げつけて暴君を懲らしめました。

この豆をオレンジに置き換えて、君主の軍勢に模した山車に向かってオレンジを投げつけるのです。


食べられるオレンジを投げつけるなんて、どうかしてるですって?

もちろん、その通りでしょう! 当然のことながら、オレンジは投げるものではありません。

それに、やっぱり、危ないことこの上ないですから。

ただし、使われるオレンジはシチリアやカラブリアで祭りのために栽培されるもので、食べものとしての商品価値はないということです。


絹の道だか海の道だか、長い道のりをはるばる越えて、アジア生まれの果物が、いつからか南イタリアの寒空の下で実をつけています。

そんな生い立ちのせいなのか、教会の回廊にその木を見つけると、どこか異国の情緒が漂ようようにも感じられますが、かごにどっさり積まれたオレンジを半分に割って、専用の器具で搾ってもらったジュースは、まぎれもなくイタリアの香りを漂わせるのだから不思議なものです。

光を弾く鮮やかな色の皮も砂糖漬けにされ、シチリアをはじめ、各地の郷土菓子のアクセントととなります。


青アザをつくりながら体でオレンジを感じるのも刺激的ですが、ありきたりながら、鼻で、舌で、胃袋で、リラックスしながらしみじみと満喫するのが手堅い楽しみ方でしょう。

このコラムの担当者

正戸 あゆみ

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