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【とっておきのヨーロッパだより】山のチーズ『アボンダンス』と日本人のチーズ職人
2015年11月27日

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<【とっておきのヨーロッパだより】ってどんなコラム?>


約1年前に担当した前回のコラムに続いて、今回もチーズ作りの村々を訪ね歩く旅です。訪れたのは、フランス南東部ローヌ=アルプ地域圏の東端に位置するオート=サヴォワ県 Haute-Savoie。

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サヴォワ地方の北部にあたります (※クリックすると画像が拡大します)

北部にはスイスとの国境を分ける広大な湖であるレマン湖 Lac Lemanをのぞみ、エヴィアン Evianやトノン Thononといった、ミネラルウォーターで有名な地名も多い、美しい地域です(注1)。そのレマン湖にほど近い山間の小村アボンダンス村 Abondance周辺で作られているのが、村と同名のチーズ「アボンダンス」。牛乳を原料とした、セミハードタイプのチーズです。

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1個の大きさが約40cm、高さは7~8cm、重さは6~12kgで脂肪分は48%ほど

近隣にはこのチーズを作っていたという修道院や渓谷などあちこちに "アボンダンス" の名がつく場所がありますが、原料となる乳を出すこの地方の牛の品種も「アボンダンス牛」という名がついています。

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アボンダンス種の牛。顔が白く目の周りが眼鏡をかけたように茶色いのと、体が茶褐色なのが特徴

一般的に、山岳地帯では地理や気候条件から食糧事情は厳しく、チーズ作りの工程ではミルクからまずバターをとり、その残りでチーズを作ることが多かったそうですが、このアボンダンスは全乳で作られています。このため脂肪分がそのままチーズに生かされ、コクのある味わいとなります。フランス語でアボンダンスという言葉には「豊富」や「多量」という意味がありますが、まさにその名にふさわしい味といえますね。

サヴォワ地方には、ボーフォール Beaufortやルブロション Reblochonなど、他にもっと名の知られた A.O.P(注2)のチーズがたくさんありますが、今回、私がこのアボンダンスを取り上げたのは、この地に1人でひたすらチーズ作りに取り組んでいる日本人の職人さんと知り合う機会を得、その方からこのチーズ、アボンダンスを紹介して頂いたためでした。

早速、私の住んでいる、リヨン近郊のレクレール校から北東へ車を走らせること約3時間。くねくねとした山道を登っては下っていくと、かわいらしいアボンダンス村に到着です。

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アボンダンス村の入口

アボンダンス渓谷の谷合に位置する村だけあって、村の中心部には川が流れ、横に広がる山肌はかなりの急斜面。

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かつてアボンダンスチーズが作られていたという修道院もありました。

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現在はチーズ製造は行われていないそうです

アルパージュ中のアボンダンス牛(注3)がベルを鳴らしながらもくもくと草や花を食べているなど、のどかな光景が印象的なアボンダンス村でした。

アボンダンス村から南へ30km程下ったところにあるレ・ジェ Les Gets村。ここに、日本人の山口潮久さんがチーズ作りを製造から熟成まで手掛けられている工房の『ラ・フリュイティエール・デ・ペリエール La fruitière des Perrière』があります。

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(左)工房外観
(右)建物の壁にもアボンダンス牛が書かれています

山口さんは東京のご出身ですが、酪農に興味を持ち渡仏した際、チーズと出会ったのだそうです。最初にボーフォールの製造や熟成技術を学んだ後に今の工房に移り、様々なチーズ作りのすべてをお一人で取り仕切っていらっしゃいます。

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フランスでの滞在は今年でおよそ13年になるそうです

山口さんは、様々なチーズの中でもとりわけアボンダンスの製造がお好きだとのこと。理由を伺うと、フランスで比較的生産量も少なく、あまり知られていないこのチーズは各生産者により作り方や仕上がりにかなり差がある事が特徴であり、正解というものがあいまいなのだそうです。その分、自分なりのアプローチで、どうしたら自分の求める良いチーズが作れるのだろうと試行錯誤しながら出来るところが魅力...とのことです。

さっそく、アボンダンスチーズの製造工程を見学させていただくことに。見学時間に伺うと、中はもう満員状態です。山口さんは昔ながらの製造方法を、細かく丁寧に説明をしながら進めていきます。

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製造工程の見学は一般にも公開されており、バカンスシーズンなどには一日30~40人もの方々が来られるようです。

まずチーズ作りに欠かせないミルク。これは、近くの酪農家(とはいえ歩いて10分位はかかるそうですが)から毎日届けてもらっているそうで、朝、夕に搾乳されたミルクがこの銅製の大きな釜に入れられています。この工房では「アボンダンス牛」のミルクを95%使用し、残りはモンベリヤルド牛のミルクを使用しているとのことです(注4)

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大釜になみなみと...

この大釜には360リットルのミルクが入っていますが、ここからできるアボンダンスはたった4個、なのだそうです。この工房でのアボンダンスの重量は、1つあたりは9kgだそうですから、この釜の中のミルクの10分の1がチーズに形成され、残りは水分となる訳ですね...。

いよいよアボンダンス作りがスタートしました。
まず大釜に入った生乳を32℃まで熱し、軽く乳酸発酵させてからプレジュール(凝乳酵素)を加え、約30分後、ヨーグルトのように固まったカイエ(凝乳)を、網のような器具でゆっくりカットしていきます。「クパージュ(カッティング)」と言われる工程です。

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目安は麦粒ほどの大きさ

カイエをどのくらいの大きさにカットするかは、作るチーズの種類によって変わるそうです。例えばカマンベールのような柔らかいチーズ作りの際はカイエはほとんどカットせず、お玉のようなものですくって型に入れていきますが、アボンダンスのようにしっかりとしたチーズはカットを小さめにしていきます。カットすればするほど、カイエからプティ・レ(乳漿)と呼ばれる水分が抜け出て、しっかりした質感のチーズとなります。カイエのクパージュは、チーズの出来上がりの水分量や質感を決める重要な工程なのですね。

クパージュが終われば、今度は全体を混ぜながら温度をさらに上げていきます。温めることにより、カイエから水分が外に出されます。(注5)

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山口さんは45℃まで温めるそうです

状態を確認するため、山口さんがカイエをひとつかみ握ります。

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「この確認がとても重要」と山口さん

バラバラだった粒状のカイエは団子のようにくっ付いて固まります。少し取り、左右に振ってそのひびの入り方をチェックし、さらに口に含み口当たりを確認。最後に両手でこすり合わせ、ほぐれ方を確認します。
水分含有率が少しでも多いと熟成中に表皮が水分を常に含んだような状態になり、うまく熟成が進まず、反対に少しでも水分が少ない状態に仕上げてしまうと、今度はカイエがしっかりまとまらず熟成中にヒビが入ってしまうんだとか。
チェックが済めば、いよいよ成型です。大きな専用の麻布をしなる棒に巻きつけ、カイエをすくっていきます。

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(左)棒を手に持ち、布の一方を口にくわえ・・・
(右)固まったカイエをすくい取っていきます。大変な熟練の技です

すくい取ったカイエは布ごと型にそのまま押し込み、上からもプレスします。

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この工程は専門用語で「ムーラージュ(型詰め)」といいます

少しおいてからひっくり返し、型に合わせていきます。

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上から型ごと専用の機械でプレスした後は、このまま翌朝まで置きます。翌日型から外したらソミュール液(塩水)に漬け、セッシャージュ(乾燥)させていきます。

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「プレサージュ(圧搾)」という工程です

最後の工程はアフィナージュ(熟成)。熟成させることにより乳酸菌による酸味がなくなり、塩味が落ち着きます。また、バラバラだったカイエがまとまって均一の質感となり口どけ、風味共に上質になるのだそうです。熟成期間によるチーズの変化を教えて下さるため、山口さんが様々な工程のアボンダンスを見せてくださいました。
まず、熟成開始から5日目のもの。

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まだ表面は真っ白で、クルート(表皮)が出来ていません。表皮を作るためには、モルジュ液という、古いチーズの外皮を塩水で溶かしたものを用います。モルジュは表皮を作る菌で、チーズ表面の独特のオレンジがかった茶色の皮がこれにより形成されます。ただ、この菌を塗るだけでは皮は自然発生しないため、「ブロス」という、チーズ表面をこする作業を行います。週に2~3回ブロスを行う事でチーズの表面に堅い皮が形成され、内部の熟成が進んでいきます。山口さんによれば「ブロス」にはチーズに悪さをする雑菌を拭き取り、その繁殖を防ぐ効果もあるのだそうです。

次に熟成2か月目のもの。製造所内に見学者は入れないため、見せていただけるギリギリの場所までチーズを持ってきていただきます。

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クルート(表皮)が出来てきました

さらに熟成6か月のものも。完成したアボンダンスは、側面の縁が内側にへこんだようにカーブした形をしているのが特徴です。これは成型によってできるフォルムです。

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クルートが濃く製品としてももう出せる状態。昔は運搬の際、この側面にロープを巻いていたそうです

A.O.P.アボンダンスには様々な先述の原料乳の牛から始まる様々な厳しい条件があり(注6)、これをクリアしなければA.O.P.の製品としては販売できません。ただ熟成を長期間したから、条件をクリアしたからといっておいしいチーズが出来る訳ではなく、そのチーズのちょうど良いベストなタイミングに出荷することが大切で、山口さんは、自身の工房のチーズの状態を毎日1つ1つ確認していきます。ベストタイミングの見極めはやはり、熟練した作り手にかかってくるということのようです。

山口さんの作ったアボンダンスを試食してみましたが、ミルクの風味がしっかりあり、ナッツの香りも感じられとてもおいしかったです。山口さんによれば、ミルクやナッツの風味は、アボンダンスが適切に熟成した状態で感じられる風味だとの事です。
朝からの見学で、新鮮なミルクがチーズの形になっていく工程を一通り見せていただきましたが、すべてお一人で、見事な手際で進められていく作業に感嘆しました。

フランス校への帰途、アボンダンスを使った料理はないかと地元のレストランへ。フランス国内でも他の地域ではまず見られないものですが、やはりこの地域のレストランではいくつかメニューリストに見つけることが出来ました。

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アボンダンスチーズを白ワインに浸し、オーブンで火を通した「ベルトゥー」やチーズ・フォンデュ、そして私が今回食べた「ポワレ・モンタニャード」などがありました。

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(左)ポワレ・モンタニャード。中にはジャガイモや茸、ベーコン、そしてアボンダンスチーズがたっぷり
(右)サヴォワ地方の美味で名高いサラミ類も、一緒にいただきました

山口さんにアボンダンス作りを見せていただきながら、チーズにまつわる様々な意見交換をしましたが、中でも日本におけるチーズの今後について、「日本ではチーズを作る、食べる、語る文化がまだまだ未熟。作り手も、消費者も本当の良い状態のチーズを知ることが大切で、そこを少しずつでも底上げしていければ」とおっしゃった事が印象的でした。
確かに日本ではフランスのように毎日食卓にチーズがのぼる食習慣はありませんし、またおいしい状態のチーズを手軽に入手する事も容易ではありません。何よりチーズには「高級」「敷居が高い」というイメージもまだまだ強いです。"レベルを上げる"には、少しずつできる範囲でできる事をし、チーズを広めていく事が必要なのでしょう。
今、私が出来ることとしては、フランス校勤務期間という限られた時間の中で、フランスに来る学生たちがチーズを少しでも理解してもらえるよう努めることかと思います。いずれその学生たちが帰国した際、その経験や知識を勤務先の飲食店などで活かしてもらえたら...とひそかに願っています。

今回のチーズの旅で実感したことは、一つのチーズの出来は作り手の技術もさることながら、原料であるミルクの質、そのミルクを出す牛のコンディション、アルパージュの気候や草の状態の良しあし......全ての要素が結果につながり、それぞれの要素が自然のたまものである、という事でした。
自然のサイクルの中で生まれる素晴らしい食文化であるチーズを、これからもさらに深く知っていきたいと思います。

※今回見学したアボンダンスの製造工程は山口さんのスタイルであり、生産者によって変わります。



注1: 他にも透明度の高さで有名なアヌシー湖 Lac d'Annecyやイタリアにまたがる名峰モンブラン Mont Blancなど、景勝地に富む地域。また夏はハイキングや自転車、パラグライダー冬はスキーなど、様々なアウトドアスポーツで自然を満喫できる地域としても有名。
注2: A.O.P.については、【とっておきのヨーロッパだより】2014年12月19日公開「ヴァシュラン・モン・ドール祭り~2つの国のチーズ紀行~」を参照ください。
注3: アルパージュについては、【とっておきのヨーロッパだより】2014年12月19日公開「ヴァシュラン・モン・ドール祭り~2つの国のチーズ紀行~」を参照ください。
注4: アボンダンスがA.O.P.に登録されたのは1990年。原料乳に用いる牛の品種(「アボンダンス」「モンベリヤルド」「タリーヌ」の三品種のみ)、牛乳の種類(生乳、全乳のみ。加工乳、低脂肪乳、殺菌乳などは使用不可)、また製造する地域なども厳しく規定が設けられている。
注5: アボンダンスはチーズの分類上「パート・プレッセ・キュイット(加熱圧搾タイプ)」に入ってはいるが、A.O.C.規定での同種類のチーズの加熱温度は45℃から50℃までと定まられていて、他の加熱圧搾タイプのチーズは50℃以上を基準としているところから、アボンダンスチーズは、「パート・プレッセ・ミ・キュイット」(半加熱圧搾タイプ)と呼ばれることもある。
注6: A.O.P.アボンダンスの規定の例:1)側面の形がまっすぐだったり、外側に膨らんでいてはいけない。2)熟成には最低100日かけ、またその期間は定められた地域から出してはならない。

<取材協力店>
La Fruitière des Perrières www.fruitiere-lesgets.com
Tel 33(0)4 50 79 89 22
137 route des Perrières 74260 Les Gets
山口 潮久さん

<参考文献、サイト>
Les fromages AOP www.fromages-aop.com
「Fiches techniques fromages」Yannick QUILLIEN / Franck JARDIN EDITION BPI
Fromage abondance www.fromageabondance.fr
Fromages des savoie http://www.fromagesdesavoie.fr
http://www.professionfromager.com
Fromages de terroires l'Abondance www.fromages-de-terroirs.com

<その他>
※毎年6月半ばにはこのサヴォワ地方で、チーズ祭りが毎年行われています。サヴォワの有名なチーズ類やワイン、産物などを試食できます。
www.fromagesdesavoie.fr

このコラムの担当者

西村 雅恵

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