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【とっておきのヨーロッパだより】ティエールナイフの輝きの魅力
2012年12月26日

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<【とっておきのヨーロッパだより】ってどんなコラム?> 

 

卓上を演出する真っ白なクロス、高貴さを演出する位置皿(注1)、雅やかに伸びるカトラリー(注2)、脇にしつらえたパン皿、光を通す輝いたグラス、純白の穢れを知らないナフキン、食卓に彩りを添えるパステルカラーの花。

フランス料理という、王侯貴族の優雅さのDNAを受け継いだ食文化。そしてそれを供する、レストランという空間には、まさしく“雅(みやび)”という言葉が似合う、澄み切った空気が漂っています。

私がサーヴィスとして研修したことのある星付きレストランで、これらの演出の品々をテーブルの上に置くことが許されるのは、メートル・ドテル(注3)を始めとしたサーヴィスのプロのみでした。料理人が皿の上に美しく料理を盛り付けるように、卓上に美しく品々を盛り付け、飾るという言葉がふさわしいでしょう。計算されたようにお客様の手に自然に触れる位置に配置さ、食卓を飾る美しいカトラリー。今回はその中でもナイフに焦点を当ててみたいと思います。

 

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以前、15,000年前の旧石器時代の壁画で有名な、フランス南西部のラスコーの地を訪れたことがありますが、その地のツーリストオフィスに飾られていたのは、有史以前の人の手による石でできたナイフのレプリカでした。もちろん狩猟や戦いの道具であったのでしょうが、ナイフがあれば、物を切り分けることが出来ます。ナイフは、人類の歴史の中で最も初期に生まれたカトラリーと言えるでしょう。

個人個人が自分のナイフを携行する中世、貴族文化の発展によって優美な銀製のテーブルナイフが生まれた近世を経て、現代では高級品から手軽に使える大衆向けのものまで多様なナイフが生産されています。現代フランスの高級レストランにおいても、料理人や店の個性を演出するアイテムとして、個性あるナイフの選択に心を砕くレストランも多いようです。

フランス各地において数々の優れたナイフが生産されていますが、フランス中央部のオーヴェルニュ地方には、特に歴史ある刃物産業で名高い二つの町があります。一つは今回訪ねたティエールTheirs、もう一つはライヨールLaguiole(注4)という町です。同じオーヴェルニュというフランス中央部の山の中で生まれているにも関わらず、それぞれの町のナイフは異なる特徴を持っています。

 

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左:ティエールタイプ(上)、ライヨールタイプ(下)

右:同じ製作者の作品の違いです。ライヨールタイプ(上) 、ティエールタイプ(下)

 

ライヨール産とティエール産のナイフの形については、色々調べてみたものの厳密な定義というものはないようです。しかし、それぞれのナイフは外観からおのずと分かる特徴を持っているようです。ライヨール産のナイフは少しそりのある独特の刃形、持った際に手に伝わる重量感、装飾の雄々しさから、勇ましい男性的な雰囲気を感じさせてくれます。対してティエール産のナイフは、全体的に曲線を描くフォルムから“女性的”という表現が似合う曲線の美しさを持ちますが、その中にもかすかに匂う素朴な魅力があります。

 

ティエールは、リヴラドワ=フォレ地方自然公園の中心、ピュイ山脈の山脚に位置する、中世の面影を残した町です。町の中心のシャステル広場では、ナイフの町であることを象徴するブリキ人形の製鉄工(写真下左)の時計が時を告げています。

 

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右:ツーリストオフィス前にある、ナイフをモチーフにしたオブジェ

 

この町は現代までおよそ6世紀に渡り、刃物産業を進化させてきました。1994年にはティエール刃物産業協会が結成され、ティエール産ナイフの商標として「ル・ティエールLe Thiers」が確立されました。この商標を刻まれたナイフは、今でも昔のままの形で作成され続けています。「ル・ティエール」の商標を名乗れる資格としては、まず、ティエールやその周辺の一定の地区で作られ、正確な技術仕様書に基づく品質維持管理、同業他社・お客様を尊重したモラルある生産販売活動をしていることです。現在は30社ほどが参加し、「ル・ティエール」ブランドのナイフを作っています(注5)

 

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刃に刻まれた「Le Thiers」のロゴタイプ

 

元々ティエールはこれといった産業のない土地で、町の近くには、ナイフの原料となる鉄鉱山も石切り場もなかったのですが、近郊のボア・ノワールの森Bois Noir du Forezから作られる木材燃料に恵まれていました。材料となる鉄はドフィーネDauphiné、ニヴェルネNivernais、ブルゴーニュBourgogneなどの地方より、砂岩はランジェクLangeac、そしてヴォージュVosgesなどの近隣の町から集まってきました。また、町の中心を流れる大きな川の水力が、刃物産業や製紙産業に必要な水車や滑車を動かす動力となったのです。この力によりティエールの名声は高まり、1582年にアンリ3世治世下の勅令によりギルド(注6)が結成され、製品の質を保つ動きがありました。

 

フランス各地で作られていた多くの刃物産業はフランス革命後衰退していきましたが、ティエールでは維持され続け、機械化が進みました。それぞれの作業工程の技術の洗練にともなって各業務は細分化されて行き、各工程のスペシャリストとしての製造段階を分ける、ランRangと呼ばれる製造工程の流れが作られるようになりました。20世紀初頭からはライヨールスタイルのナイフの生産も行われています(注7)。今日では100の刃物工場と60ほどの下請け業で成り立っています。およそ2000人が従事し、一日350,000品を作成しています(注8)

 

ティエールの町に入ると、石を投げればナイフにぶつかるくらい様々多数のナイフが、ショップのウインドウに並んでいます(ウインドウのガラスがあるから石はぶつかりませんね。笑)。テーブルナイフ、折りたたみナイフ、調理用ナイフからソムリエナイフ…。その美しさに一目ぼれをし、…つまり、衝動買いですね。いつも自分に自制を課していますが、財布の紐が容易にゆるんでしまう魅力的な街です。

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町でウインドウに並ぶナイフ

 

町にあるナイフ博物館では15世紀から現在までの素晴らしいフランス中のナイフのコレクションと過去からのナイフ作成の方法、ティエールの歴史を展示しています。博物館の中では過去の作業の様子をフィルムで流し、そして実際に中世に使われていた器具の展示とその当時の様子を垣間見ることが出来ます。

 

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上:ナイフ博物館には歴史的なコレクションが多数展示され、ナイフの魅力が伝わります

下:博物館に飾られたフランス各地のナイフ

 

また、中世の鍛冶場の様子を再現した地下空間も用意されています。当時の機具を並べ、音と光で演出されたその世界に畏怖を覚えます。鉄を焼く炉から響く轟音、製鉄用のはたきが大地を揺るがすがように落ちる衝撃。シーソーのように打ち付けるハンマーと鉄から飛び出すすさまじい物音、そこに飛ぶ鍛冶師たちの大声。

 

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ティエールナイフの歴史に関する書物などでは、よくこの場所を「クルー・ドゥ・ランフェールCreux de l’enfer(地獄のくぼみ)」となぞらえていましたが、まさしくその言葉通り、地獄のような光景に圧倒されます。産業革命以前の工業が大変な労力を必要とし、命がけとも言える作業であった事が実感できます。

 

ここでは実際に作成されるナイフの仕上げ工程の中の研磨工程を見学させてもらえます。今現在使われている機材と、実際に中世に使用されていたルエRouet(滑車)を使った砥ぎを見せてくれます。川の水力を利用し、回るグラインダーの上に板を置き横になり、砥いでいきます。

 

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左上:デモンストレーターに過去の研磨の様子を再現して見せてもらえます

右上:50年前までこの様子がティエールで見られたそうです

左下:ルエと呼ばれるグラインダー

右下:現在、砥ぎに使用されている機械のグラインダー

 

展示された芸術作品に心を打たれ博物館を後にしましたが、ツーリストオフィスで実際にナイフ作成を体験させてくれるアトリエがあると聞き、これは是非にと足を運びました。

 

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ナイフ作り体験ができるナイフ専門店『クトゥルリー・ロベール・ダヴィッドCoutellerie Robert David』。
ここのアトリエでは実際にパーツの組み立てから仕上げを体験させてもらえます。

 

個人的に工作は得意なほうではないので、ハンマーで手を打たないようにと心がけながら作業をしていきました。ごくごくわずかなズレでも、最終的には大きく外れてくるので細かい注意をインストラクターが指示をしてくれます。その作業を紹介しましょう。

 

まず必要となる素材ですが、(写真下)左から「コート(柄にあたる部分)」、「プラティヌ(コートの中に入れる金属の板)」、「ルソール(中央の支えになる部分)」、「ラーム(刃の部分)」の4つのパーツから成り立っています。

 

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コート、プラティヌをペンチではさみ、ずれないように固定して、錐で穴をあけます。この瞬間はやり直しがきかないので息を止めて行う緊張感がありました。

 

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そして、プラティヌ、ルソールを針金で通して、つなげます。

 

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余分な針金を切り落とした後、針金の切り口をやすりでこすり、丸くします。

 

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この時に恥ずかしながらインストラクターに注意を受けてやり直しましたが、1㎜以下の世界のわずかな職人の勘というのでしょうか、針金の断面の形が丸くないと仕上がりが美しくなくなるそうです(写真下右)。この後、刃を接続していき、ラームとプラティヌに針金を通します(写真下左)。この作業は寸分の狂いなく針金を一直線に通さなければならず、ポイントを探すのに、すべてのパーツを握りこむ力を必要とし、なかなかと針金が通りにくかったです。

 

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この後は場所を変え、実際にナイフ作成をしている職人のアトリエでグラインダーにより全体を研ぐ作業工程に入ります。

 

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4段階にベルトの目を細かくしていき、刃、柄を研いでいきます。砥いでいく過程で柄の色の光り方で、砥ぐ前と後での違いが驚くように目で見てとれます。

 

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仕上げとして、「ポリッサージュ(研磨作業)という作業工程を行います。回転するロールの質を徐々に柔らかくしていき、最終的には布製のロールを回して研磨していきます。

 

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そして、研磨の最後に、ラームに切れ味鋭い刃をつけていきます。

 

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これが完成した折りたたみナイフです。作成者として私の名前を入れてもらいました。まさしく一生もの、世界唯一の品の完成です。これまで手にするナイフの中にここまで深く思いを馳せることはなかったのですが、自分で作り上げたことで一層深くナイフについて考えるようになりました。

 

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これらの工程の中で、なによりも感服したのは研磨作業の工程でした。研磨機の目を徐々に細かくして行くことで、充分に美しいと思える輝きがあるさらに上の輝きを与え、洗練されていく様を目にできます。仕上げの最終段階で、刃に打ち込んだはずのビスが見えなくなり、まわりのパーツと一体化して徐々に光り輝いて行く様は本当に印象的でした。その様子は思わず知らず自分の人生や、研鑽を常に続ける私たちの職業に重なるような気もしてくるのでした。

 

 

 

Musée de la coutellerie(ミュゼ・ドゥ・ラ・クトゥルリー)

ナイフ博物館

58 rue de la coutellerie 63300 Thiers

Tel: 04.73.80.58.86

www.musee-coutellerie-thiers.com

 

 

Coutellerie Robert David(クトゥルリー・ロベール・ダヴィッド)

ロベール・ダヴィッド氏のアトリエ

90-92 avenue des etats unis 63300 Thiers

Tel:04.73.80.07.77

www.robert-david.com

 

 

注1:客が座る席にあらかじめセッティングしておく大皿。

注2: 洋食器のうちナイフ、フォーク、スプーンなどの金物類。

注3:レストランサーヴィスの責任者、給仕長のこと。

注4:ライヨールナイフについては【とっておきのヨーロッパだより】

憧れのライヨールナイフ ~そこに込められた人々の想い~を参照ください。https://www.tsujicho.com/column/cat/post-182.html

注5:ル・ティエールLe Thiersブランドは一定の基準を満たした工房はすべて名乗ることができ、2本のナイフの交差をあしらった「T」の右下に「par 名前」として生産者の名前を明記するとともに、品質を保証している。3つの厳しい条件をクリアした会社のみが許可を得られる。

注6:同業組合のこと。王に認可料を払う代わりに、排他特権を得た。製品の品質・規格・価格などは厳しくギルド内で統制され、品質の維持が図られた。

注7:ライヨールナイフの誕生当時、ライオールには大量生産の鍛冶場がなかったため、刃物産業で有名で職人もそろっていたティエールで生産されてきた歴史的経緯から、現在も、ティエールではライヨールタイプのナイフが生産されている。(なお、ティエールナイフは他の地域で作成されることはない)。ティエールでは他にも、サヴォア地方のナイフメーカー「オピネル」社タイプのもの以外、フランス各地の様々なタイプのナイフが作成されている。

注8:これはフランス全土で生産されているナイフ製品の総量の70%にあたる。

 

このコラムの担当者

三浦 和也

このコラムのレシピ

2009年8月まではこちら
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