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【とっておきのヨーロッパだより】ブション・リヨネ ―伝統とこれから―
2014年11月14日

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<【とっておきのヨーロッパだより】ってどんなコラム?>

美食の街リヨンには「ブション Bouchon」と呼ばれる独特の形態の料理店があるのをご存知でしょうか。正式名称は文字通り"リヨンのブション"を意味する「ブション・リヨネ Bouchon Lyonnais」といい、分かりやすく表現すれば庶民的な食堂といったところですが、取り分け、メニューの中に家畜の頭や足、胃、心臓、舌など、いわゆる臓物や正肉でない部分を使った料理が多くある事が特徴です。
リヨンにブションが生まれたのは18世紀頃と言われていますが、貧富の差が激しかった当時、上等の肉は富裕層の食べ物で、庶民の口に入るのは正肉以外の安価な臓物である事が多かったそうで、それらの食材を女性の料理人たちが美味しく調理し、労働者の集まる庶民的な食堂で彼らに食べさせていた事からこのような料理が生まれたという訳です。
今でも名の残る優れた女性料理人が取り仕切ることが多かったのもブション・リヨネの特徴の一つで、「メール・リヨネーズ(リヨンの母たち)」と総称されるこれらの女性料理人たちは、現在に至る美食の都としてのリヨンの名声を培った礎ともいえる存在です。店の目印として店頭に「ブシュ」と呼ばれる小枝の束を飾ったことが「ブション」という名前の由来とも言われるそうです。
いずれにしても、ブションはボリュームのある料理を安くしっかり食べられる店としてリヨンの人々に今日まで親しまれてきました。

ブションの料理として特色ある臓物料理の中には、牛の胃袋にパン粉をつけて揚げた「タブリエ・ド・サプール」や、豚の血と脂身で作る腸詰「ブーダン・ノワール」、また、豚の腸に、腸をはじめとする様々な臓物類を詰めるのが特徴的な腸詰「アンデュイエット」などがあります。
数軒のブションを食べ歩くうち、その独特の魅力に魅せられる一方、ボリュームがあり特徴的なブション料理は、軽さやヘルシーさをよしとする現代料理の流れには逆行しているようにも思え、果たしてブション・リヨネは今現在リヨネ(リヨンの人々)にとってどのような存在なのか、出される料理は昔と変わらず親しまれているのか、といった疑問も生まれてきました。
そこで、ブションを訪れて店の方に直接お話を聞き、現状を調べてみることにしました。

まず1軒目、『ダニエル・エ・ドゥニーズ Daniel et Denise』。
オーナーシェフは2004年M.O.F.(注)のジョセフ・ヴィオラ氏。現在、リヨンで2店舗を構えるこちらは、ブション・リヨネの中でも最も有名な店の一つです。
今回はリヨンの主要な鉄道駅であるパールデュー駅から程近い3区にある本店を訪れました。

店の外観 ジョセフ・ヴィオラ氏 
(左)店の外観
(右)ジョセフ・ヴィオラ氏

ブションのトレードマークである、赤と白のチェックのテーブルクロスを基調とした可愛らしい店内で、壁に飾られたお皿や鍋、リヨン名物の人形劇ギニョルの絵も温かい雰囲気を作り出しています。

壁の装飾
壁の装飾

平日であるにも関わらず、満席。予約なしでは入れません。こちらでは私たちのすぐ近くの席に、通い慣れた様子で(まるで自分の家にいるかのような印象)ご婦人が1人で食事をされていましたので、ここにはよく来るのか伺ってみると「週に1度は来るわよ、この店以外では外食はしないわ」とのこと。その隣にはガイドブック片手に来ていた観光客の方。「リヨンに行くなら食事はブションで!と思ってきた」と話してくれました。
その後も会話は続き、いつの間にか周りのみなさんと一緒に食事をしているような雰囲気。楽しい会話と温かい空気が店中を包み込みます。シェフのヴィオラ氏も何度も客席へ出て来られて、馴染みの客と普段の何気ない会話を楽しまれています。もちろん新入りの私達にも声をかけて下さいました。

こちらで頂いた料理は、まず1品目は自家製の「パテ・アン・クルート」。細かくした肉や野菜類を、うま味が逃げ出さないようにパイ生地で包んでオーブンで焼いた料理でフランスの古典的な前菜です。2品目は子羊の胸腺肉のサラダ。胸腺肉とは子牛や子羊の喉にある臓器で、ふわっとしてなめらかな食感を持ち、フランス料理では珍重される食材です。

自家製パテ・アン・クルート 子羊の胸腺肉のサラダ 
(左)自家製パテ・アン・クルート
(右)子羊の胸腺肉のサラダ

メインには大きな海老をにんにくとパセリで香りづけして焼いたものをいただきました。マカロニグラタンとジャガイモを揚げたものが付け合わせとして供されます。

エビのにんにくとパセリ風味 メインの付け合わせ 
(左)エビのにんにくとパセリ風味
(右)メインの付け合わせ

食後にはヴァニラソースにメレンゲを浮かべてキャラメルがけした伝統的なデセールの「イル・フロッタント」をいただきました。

イル・フロッタント 
イル・フロッタント

食後、シェフのヴィオラ氏にお時間をいただき、現在ブションがリヨンの人々にとってどういう存在なのか見解を伺いました。ヴィオラ氏によれば、ブションはリヨンのトレードマークであり、観光客のみならず地元の人々にも今でも大変なじみがある存在とのことです。客層は様々で、昔から通い続けているご年配の方や、家族連れも多いとか。
昔と比べ、提供する料理で何か変えていることはあるか伺ってみたところ「食材全て、内臓に至るまで美味しく調理し提供するという考え方や、リヨンの地に根付いた食材を使うのがブション料理であるという考え方は今も昔も変わらない。ただ、提供する料理に関しては人々の嗜好や味覚というものは時代の流れと共に変化していくので、それには対応していく必要がある。」との回答でした。
例えば脂っこくて重たいものは食べやすいように油脂を減らして調理し、塩分も濃すぎるものは今はあまり好まれないので控えるなど、調理法も工夫して色々変えているそうです。さらに、内陸に位置するリヨンではかつて一般的でなかった海の魚介類も、流通事情の向上に伴って手に入る食材となり、ブションでもメニューに取り入れる事は珍しくなくなってきているとのことです。

ヴィオラ氏のお話の中でも1番印象的だったのは、今後ブション・リヨネが目指す方向は「ブション・リヨネでありながらブション・ガストロノミックである」とおっしゃっていたことです。「ガストロノミック」とはフランス語で"美食の"といった意味合いの形容詞で、より洗練された高級料理店の分類によく使われますが、ヴィオラ氏の言葉は、リヨンの庶民の食堂という存在でありながらも、仕事の内容や質、働く人々の意識や姿勢はミシュランの星付きレストランのレベルと何ら変わらないという意味で、そこにはヴィオラ氏の、ご自身の仕事に対する誇りと意識の高さを感じさせられました。

次に訪れたのはリヨン2区にある『ル・ヴィヴァレ Le Vivarais』。
オーナーシェフは1996年M.O.F.のウィリアム・ジャッケ氏。娘のオードリーさんと厨房を取り仕切られています。

店の外観 ウィリアム・ジャッケ氏
(左)店の外観
(右)ウィリアム・ジャッケ氏

店内に入ると従来のブション・リヨネに見られる庶民的な食堂のイメージとは異なり、上品でお洒落な印象の内装です。壁にはギニョルの装飾があります。

『ル・ヴィヴァレ』店内 ギニョルの装飾 
(左)『ル・ヴィヴァレ』店内
(右)ギニョルの装飾

まず1品目は、レモンサブレを添えたマグロのオイル漬けと、トマトをあわせたタルタルステーキ。タルタルステーキは元来、生の牛肉または馬肉を粗いみじん切りにし薬味を添えた料理ですが、こちらではトマトと合わせることでさっぱりとした仕上がりになっていました。

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2品目は、自家製の「パテ・アン・クルート」。先に紹介したダニエル・エ・ドゥニーズでも頂きましたが、こちらのものはより大きく、具材も鴨やフォアグラ、きのこなど、より多くのものが使われていました。

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3品目は、クネル。クネルとは魚(川カマスなど)のすり身をフットボール形にし、ソースと合わせてオーブンで焼いたものでリヨンの名物料理。こちらの店ではホワイトソースにエクルビス(ざりがに)バターを合わせた、これも昔ながらのソースの一つであるナンチュアソースと共に提供されました。

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最後は、フルーツのコンフィを添えたドンブ地方産のウズラのロースト。ドンブ地方はリヨンの少し北、池や沼に覆われた湿地帯が多い地域です。カエルの名産地として有名ですが、同時にウズラの飼育も有名で、リヨン近郊ではカエルやウズラはなじみ深い食材です。

photo16 

労働者のためにボリュームある食事を安く提供する庶民の食堂であったという歴史から、一般的にブションの料理には質より量といったイメージがありますが、こちらのお店で供される料理は総じて彩り良く美しく盛り付けられており、丁寧な仕事がされ、従来のブションの料理とはだいぶ異なる趣があります。量も多すぎずお腹にちょうど良い感じでした。

そしてお楽しみのデセール、このようにショーケースの中から選べるようになっています。

王道のフランス菓子が並びます
クレーム・ブリュレ、イル・フロッタント、ムース・オ・ショコラ...王道のフランス菓子が並びます

私はこの中から、しっかり焼いた発酵生地にラム酒のきいたシロップをたっぷり染み込ませた伝統菓子「ババ・オ・ロム」と旬のフルーツである黄桃のシロップ煮をいただきました。デセールも甘すぎず、料理でお腹は満たされていましたが、さらりと食べられました。

ババ・オ・ロム 黄桃のシロップ煮 
(左)ババ・オ・ロム
(右)黄桃のシロップ煮

こちらでもオーナーシェフのジャッケ氏にお話を伺うことが出来ました。
ジャッケ氏もヴィオラ氏と同様、ブション・リヨネはリヨンの人々に日常的に愛されている飲食店であること、また地元ならではの食材を生かした独自の伝統料理を供しながらも、現代の嗜好に合わせる努力をしている事などを語られました。
一皿一皿の量がちょうど良いと感じられたのも、軽さや健康を志向する現代のお客のニーズに配慮しての事のようです。やはりどこのブションも、人々に愛され続けるためには伝統にあぐらをかくことなく、さまざまな努力をされているのですね。

現在でもリヨンの庶民に愛されているブションですが、大きな観光都市でもあるリヨンには、残念ながら観光客を当て込んでブションを標榜する"ブションもどき"の飲食店も数多く存在します。ブションのトレードマークである赤と白のチェックのテーブルクロスを使っていかにもそれらしく装い、ブションでは絶対に提供される事はないはずのハンバーガーなどをメニューに載せている店もあるそうです。
こうした事態を憂慮し、本物のブション・リヨネを守るため、2012年にリヨンの商工会議所とリヨン観光局によって「ブション・リヨネ協会」が設立されました。こちらの協会に認定された店のみが、正式なブション・リヨネを名乗ることができます。
認定条件は大変厳しく、4年に1度審査を受け、全ての項目をパスしなければなりません。その項目は、建物、内装、取引業者、食材(リヨン近郊の産物である事)、調理法(全ての仕事が店で行われている事)、そして出される料理、ワインの産地に至るまで、なんと180項目。全ての項目にパスした店のみが正式な「ブション・リヨネ」と認定され、その証である独自の看板を店先に掲げる事が許されるのだそうです。

ブションの認定マーク(2012年以降) ブションの認定マーク(2012年以前) 
(左)ブションの認定マーク(2012年以降)
(右)ブションの認定マーク(2012年以前)

今現在、リヨン市内にはブション・リヨネを名乗っているレストランが65店舗あるそうですが、その中で協会が正式にブション・リヨネと認定している店は、今回取材した2店を含むわずか23店舗のみなのだそうです。2012年以前も本物のブションというトレードマークを発行し管理していましたが、2012年以降は、新しい規定を設けて審査を厳しくし、トレードマークも新しいものになっています。

今回お話をうかがった2店のシェフお二人は、それぞれのスタイルで魅力あるブション・リヨネを守っていらっしゃいましたが、どちらのシェフもリヨンでブションが愛され続けていくためには「高い意識で仕事をし、伝統のスタイルは継承しながら時代に合わせて再構築していくことが大切である」と話して下さったのが印象に残りました。


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ブション・リヨネ協会のホームページ
http://www.lesbouchonslyonnais.org/

(注)Meilleur Ouvrier de France (フランス 国家最優秀職人章)の略称。フランス文化の各部門において最高度の技術を持つと認められた職人に授与される、国家認定の称号。

取材協力
『Daniel et Denise』住所156 rue de Créqui 69003 Lyon
『Le Vivarais』住所1 place Gailleton 69002 Lyon
『Association Les Bouchons Lyonnais』住所Place de la Bourse 69002 Lyon

ブション・リヨネについては、「BOUCHON街角にある茶の間」も参照ください。
(リンク)https://www.tsujicho.com/column/cat657/-bouchons.html

このコラムの担当者

大原 美貴

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