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食のコラム&レシピ

【とっておきのヨーロッパだより】南仏の伝統料理、「ブイヤベース」の古典と現代

12<海外>とっておきのヨーロッパだより

2015.06.10

<【とっておきのヨーロッパだより】ってどんなコラム?>


マルセイユ Marseilleは南仏に位置し、地中海に面したフランス第2の都市。海岸沿いにはここマルセイユの中心部でもある「ヴュー・ポール Vieux port(旧港)」があり、ヨットやクルーザーなどの自家用船と、漁師が近海に漁に出る為の漁船とが所狭しと停泊しています。実に美しい光景です。

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ここは南仏を代表するヨットハーバーの一つでもあると同時に、豊富な海産物の集積地でもあります。
マルセイユの歴史は古く、紀元前7世紀頃からギリシャの植民地であったこの町は、この港を通じて長く東方やアフリカとの交易で栄えたと言われています。「コ」の字型の旧港の周辺にはホテルや軒先にテラスを構えた多くのレストランの他、この土地の名物であるマルセイユ石鹸やパスティス(注1)などの店舗が数多く存在し、地元の人々や多くの観光客で賑わいます。

旧港周辺の様子
旧港周辺の様子

マルセイユにレストランは数多くありますが、大概どこの店へ行っても食べる事ができるこの土地の名物料理が「ブイヤベースBouillabaisse」。世界3大スープのひとつとしても謳われるフランスが誇る伝統料理です。フランスに来たからには是非味わっておきたい料理の1つです。

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ブイヤベースは、主に南仏のプロヴァンス地方を代表する郷土料理です。トマト、フェンネル(注2)などの香味野菜、サフラン(注3)、パスティス、干したオレンジの皮などで風味を付けた魚のスープに、そのスープの中で火を通した岩礁の魚(注4)とセミエビ、小さなカニなどの甲殻類、ムール貝などが盛り合わされたものが提供されます。
それと同時に必ずと言って良い程、にんにくを擦り付けたクルトン、アイヨリ Aïoli(にんにく風味のマヨネーズ)、ルイユ Rouille(赤唐辛子、にんにく、魚のスープ、オリーブ油などでつないだソース)などが添えられます。どちらのソースも南仏で良く好まれるにんにくを大量に使い、料理にアクセントとコクを与えます。

「ブイヤベース Bouillabaisse」の語源には諸説ありますが、「ブイイ」は「ブイイ bouilli(沸騰した)」、「アベス」とは「アベッセ abaisser(下げる、弱める)」などの意味がある所から、「決してグラグラ煮立たせず、ゆっくりと弱火でコトコトと煮る」というような意味になるとも言われています。
もともと、ブイヤベースはマルセイユ発祥の料理と言われ、地元の漁師料理が元になっています。水揚げされた魚の中でも見た目が悪かったり、棘に毒があって危険で商品にならないものなどを、漁師自らが消費する為に大鍋に入れ、ごった煮にするだけの料理だったそうです。
ところが17世紀頃、南米からヨーロッパへ伝わった作物のひとつであるトマトが一般に普及すると、その味の良さからブイヤベースに取り入れられるようになり、次第に不可欠の材料となりました。そして19世紀頃からのマルセイユの観光地化などにより、この土地の郷土料理であるブイヤベースが名物として数多くのレストランで提供されるようになり、味や見た目の洗練さが加えられながら、現在の姿になったと言われています。


町のあちこちのレストラン店頭に見られるメニューの看板
町のあちこちのレストラン店頭に見られるメニューの看板。様々な魚介料理と並んでブイヤベースは必ずといってよいほど入っています。気軽な店なら、前菜やカフェと合わせたコースで12~15ユーロ位のようです。

マルセイユで本物のブイヤベースを堪能できるとしてガイドブックにも掲載される有名店『ミラマル MIRAMAR』で、伝統的なブイヤベースを頼んでみました。「ラ・ヴレ・ブイヤベース La vraie bouillabaisse(本物のブイヤベース)」というメニューを注文します。

店の外観 ブイヤベースのコース
(左)店の外観
(右)ブイヤベースのコースはメニューの一番目立つ右上に。価格は1人前63ユーロと、看板料理だけあって一般のお店よりもお高めのようです


ブイヤベースは基本的に魚を"ごった煮"にした料理ですが、お客に供される際には煮汁であるスープと、煮た魚は別々の皿で供されます。まずはスープから。

photo7 ブイヤベースのコース
(右)一緒に供されるにんにく、ルイユ、クルトン

お店の方が「本式のブイヤベースのスープの味わい方」として教えてくださった通り、クルトンにルイユを塗ってスープを染み込ませ、スープごと口に入れます。色、味、濃度共に濃くそれぞれの素材の味、香りが引き立っています。よく漉されたなめらかな状態のスープです。スープを楽しんだ後、ボリュームのあるメインの魚が提供されますので、くれぐれも食べ過ぎには注意したい所です。でも美味しくてついたくさんいただいてしまいます。

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スープの中で火を通した魚は、オバール皿に盛られたじゃがいもの上に丸ごと盛り合わされ、お客様のもとに運ばれてきます。お店の方によると「本物のブイヤベース」は、まず大皿に盛りつけた状態でお客様にお見せするのが本筋だとか。

火を通した魚。これで1人前
火を通した魚。これで1人前

使われている魚は、「ガリネット Galinette(ほうぼう)」、一目見て何の魚か分からずお店の方に聞いて分かった「ヴィヴ Viveはちみしま」(注5)。更にかさご、舌平目、ムール貝、小ガニが盛り合わされていました。これらが1度下げられ、サーヴィスマンによって取り分けられ、皿盛りにしてスープを注いで再び提供されます。本物のブイヤベースは、いかにも漁師料理に起源を持つ豪快な料理だけあって大変ボリュームがあり、満腹になりました。

取り分けられた皿
取り分けられた皿

漁師料理が元となったブイヤベースですが、近年はより洗練された方法で供しているレストランもあるようです。ミシュランで3つ星評価を得ている高級レストラン『ル・プティ・ニース Le Petit Nice』でもブイヤベースを出していると聞き、訪れてみました。
"2種類の異なるブイヤベース"をメインに据えたというコースメニューを注文してみたところ、数々の繊細な前菜を経て、ブイヤベースが登場します。


スペシャリテのブイヤベースのコースメニュー。
スペシャリテのブイヤベースのコースメニュー。価格は1人前170ユーロ

"1皿目"のブイヤベースは、魚の切り身だけがきれいに並べられた状態で運ばれてきました。その上から追ってスープが注がれます。

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下の写真左から順に「サー Sar(鯛に似た魚、肉厚で弾力があり脂がのっている)」、「パグル Pagre(地中海でよく見られる鯛の仲間、柔らかい食感)」、「モステル Mosrelle(地中海でよく見られるイソアイナメの仲間)」で、これら全てプロヴァンス地方独特の魚です。さらに、カサゴ、オマール海老の爪と並んでいます。伝統的なものとはだいぶ違う見た目ですね。

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魚の身への火通り具合は総じて繊細で、ギリギリ火が入ったか、中心が半生位の状態に仕上げられています。このあたりは、さすが3つ星と思わせる丁寧な仕事ぶりです。スープはオマール海老、魚、野菜とサフランで味、色、香りをつけたものであるとお店の方は話しておられました。野菜の小さな角切りとフェンネルシードも入っていて、色は薄め。複雑で上品に仕上げられた風味です。


続く2皿目のブイヤベースは、先ほどのものとは全く違うアプローチで登場しました。

陶器の器が重箱のように重ねられて登場 広げると、このような感じに
(左)陶器の器が重箱のように重ねられて登場
(右)広げると、このような感じに

一番上に重ねられた小さな器には付け合わせのじゃがいも。
三段重ねの大きな器の上段は「ファボイーユFavouille(プロヴァンス地方の蟹)」で取られた濃厚なスープ。

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中段の魚は左からマトウダイ、舌平目、タイなどの白身魚です。全て丸ごと蒸された後に骨が全て取り除かれており、非常に手間がかかる仕事が施されています。

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一番下の段には保温のための湯で、海藻が沈んでいました。

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コースの中で魚の重複はなく、たくさんの違った種類の魚を楽しむ事ができました。

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食事の締めには日本の吟醸酒が供されるなど、和の影響を強く受けているようです

実はブイヤベースには、マルセイユ市が公式に定めた「ブイヤベース憲章」(注6)というものがあります。
ブイヤベースを名乗る料理に必要な用いる魚の種類や、スープの取り方などが細かく定められたもので、マルセイユ観光局によれば、憲章に忠実なブイヤベースを作っている店には「憲章登録店」という称号があたえられ、優良な店の証となるようです。例えば、最初に訪れた『ミラマル』などはこの憲章登録店にあたり、まさに正統派のブイヤベースを出す店として名高いとのこと。
とはいえ、材料や作り方などでこの「憲章」にそぐわない所があるからといって罰則がある訳ではなく、それぞれの店ごとに特性を出した自慢のブイヤベースを提供しているのだそうです。アプローチは様々でも、マルセイユの人々にとっては大切な郷土の味ではあることに変わりはないのでしょう。


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(左)旧港の「ベルジュ河岸」で毎朝開かれる朝市。当日の朝とれたての魚が売られています
(右)欲しい魚を注文し、その場で処理した後目方で精算をするシステム。まだ生きている魚も混じっています

良い食材に恵まれたこのマルセイユだからこそ美味しいブイヤベースを生み出す事ができ、今日のように代表的な郷土の名物料理として定着したことにも納得ができます。これからも歴史ある伝統が守られ、世界を代表する魚料理がこのマルセイユの地で発展し続けることを願います。

(注1)アニスのエッセンスと甘草でアルコールに香りを付けた酒。フランスで最もポピュラーな酒の一つで、氷や水を加えて飲まれることが多い。
(注2)セリ科の多年草。独特の香りを持ち、肥大した茎や葉を食用とするほか、種も香辛料として用いられる。
(注3)クロッカスの雌しべを乾燥させたスパイス。液体に加えると黄色くなり、ブイヤベースやパエリアの色や香りづけなどに用いられる。
(注4)メバル、カサゴ、ホウボウ、コチ、アナゴなどの岩場に生息する魚。身が締まっており、煮込むと美味しいものが多い。
(注5)有毒な棘を持つが身は淡泊で上品。日本のあいなめに似ている。いずれもプロヴァンス地方独特の魚。
(注6)マルセイユで購入した書籍「LA VERITABLE HISTOIRE DE La bouillabaisse」(OUEST-FRANCE 社刊、Robert Monetti 著)によると、1980年に制定されたブイヤベース憲章は以下の通り。
用いるべき魚
カサゴRascasse、白カサゴRascasse blanche、はちみしまAraignée(Vive)、ホウボウGalinette(rouget grondin)、西洋アナゴFielas(Congre)、地中海で捕れるカサゴの仲間Chaponの内、最低4種類。
任意でマトウダイSaint Pierre、アンコウBaudroie(Lotte)、イセエビLangouste、セミエビCigale de Merを使うことができる。
サーヴィスはスープの皿と魚の皿の2回に分けられ、魚の皿は客前で取り分けられる。
ルイユが添えられ、場合によってはにんにくを擦ったクルトンが添えられる。  

取材協力店
※『Miramar』12, quai du Port 13002 Marseille TEL04 91 91 10 40
※『Le petit Nice Passedat』Anse de Maldorme - Corniche J.F. Kennedy, 13007 Marseille, TEL04 91 59 25 92