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【とっておきのヨーロッパだより】ヴァシュラン・モン・ドール祭り ~2つの国のチーズ紀行~
2014年12月19日

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<【とっておきのヨーロッパだより】ってどんなコラム?>

日本ではあまり食べる習慣がなく、それほど好きでもなかったものの一つにチーズがあります。しかし7年前にフランス校勤務となり、チーズが身近なものとして食卓に並ぶ日々を送るうち、その美味しさに驚き虜になってしまった私は、いつのまにかフランス国内のチーズを作っている地域や村、生産者を訪ね歩くことが趣味の一つになりました。

中でもとりわけ、「モン・ドール」はフランスに来てから魅力を知ったチーズの一つ。ウォッシュタイプ(注1)に分類される、牛のミルクから作られたチーズです。熟成したものはスプーンですくうと流れ出すほど柔らかく、濃厚なクリーミーさは病み付きになるほどです。
フランスでこのチーズを食べる機会や見る機会が増えるにつれ、良く似たチーズでも違う名前で売られているように見える事が気になってきました。「モン・ドール」とも聞くけれど「ヴァシュラン」という呼び方もあるような…。
どちらが正式の名前なのか調べてみたところ、一見良く似ているけれど、「モン・ドール Mont d’Or」と「ヴァシュラン・モン・ドール Vacherin Mont-d’Or」という、別々の2つのチーズがあることが分かりました。前者はフランスのチーズ、後者はスイスのチーズなのですが、どちらもフランス北東部から隣国スイスにまたがるジュラ山地の「モン・ドール」と呼ばれる山を中心とする一帯で作られています。スイス側の「ヴァシュラン・モン・ドール」の名はフランス語で雌牛をあらわす“ヴァッシュ Vache”に由来し、略して「ヴァシュラン」と呼ばれることが多いようです。

ヴァシュラン・モン・ドール モン・ドールは日本語で「黄金の山」を意味します
(左)ヴァシュラン・モン・ドール
(右)モン・ドールは日本語で「黄金の山」を意味します

モン・ドールというチーズの起源については今でもはっきりしないことが多いようですが、この地域のフランス側の地方紙「ジュラ新聞」のモン・ドールの特集によると、13世紀後半には、ジュラ山脈に連なるサヴォワ地方で現在のモン・ドールに近いチーズの製造が行われていたようです。
記録によると、このチーズの名称は「フロマージュ・サングレ fromage sanglé(ベルトを巻いたチーズ)」とあり、木の“ベルト”が巻かれていた事が分かっています。
モン・ドール、およびヴァシュラン・モン・ドールの特徴である、マツ科の木であるエピセア(注2)の樹皮をチーズの側面に巻いて熟成させる製法は実はこの頃からあったようです。
エピセアの樹皮を巻くことで、流れ出るほど柔らかくなるこのチーズの形を保つことができるだけでなく、エピセアの持つ芳香がこのチーズに独自の風味をつけます。
このチーズがモン・ドール山を越えてスイス側に伝わった時期についても諸説あるようです。ヴァシュラン・モン・ドールの公式ホームページによると、19世紀末の普仏戦争(フランスとプロイセン―現在のドイツの一部にあった王国―との戦争)の戦闘がこの地で行われた際、敗色濃厚だったフランス側の将軍がスイスに退却し、逗留した村にその作り方を伝えた…などの伝説めいたエピソードもあるようですが、実際にはそれより以前にモン・ドールの製造技術はスイス側に伝わっていたとも言われます。
1865年にはジュラ地方のスイス側にあるレ・シャルボニエール Les Charbonnièresという村の酪農会社が初めてこのチーズをスイスで作ったとの記録があるとのこと。このレ・シャルボニエール村は、今でも「スイスのヴァシュランを最初に作った村」として広く知られているそうです。

ヴァシュラン生産地域一帯のイラストマップ。シャルボニエール村の名前も見られます シャルボニエール村
(左)ヴァシュラン生産地域一帯のイラストマップ。シャルボニエール村の名前も見られます
(右)シャルボニエール村


ヴァシュラン・モン・ドールは、フランス側のモン・ドールもそうなのですが、秋から春先にかけて販売が解禁される、“旬”のあるチーズです。とても柔らかくデリケートなため夏の暑さには弱く、もっぱら寒い季節、特にクリスマスや新年などお祝いの食卓の楽しみともされています。このチーズの販売解禁はフランスやスイスの人々にとって、楽しい冬のヴァカンスを予感させる、心浮き立つもののようです。
毎年9月の末に「ヴァシュラン・モン・ドール祭り」がこのレ・シャルボニエール村で行われると聞き、さっそく行ってみる事にしました。この祭りは、その年の「アルパージュ」(注3)の終わりと、旬の味であるヴァシュランの販売解禁を祝う事を目的に1996年から開催が始まり、今回で18回目になるそうです。

「第18回 ヴァシュラン・モン・ドール祭り」のポスター
「第18回 ヴァシュラン・モン・ドール祭り」のポスター

訪れた人々に季節到来の旬のヴァシュランを味わってもらうほか、スイスのA.O.C.やI.G.P. ※(注4)食材のアピールや、この地域の素晴らしさを知ってもらうための観光促進も兼ねているのだとか。普段はいたって静かな村だそうですが、この祭りの日だけは全く様相を変え、大変にぎやかになります。生産者によるヴァシュランの直売をはじめ、その地域のソーセージやお菓子、スイスの民族衣装などのお店が所狭しと並び、毎年およそ4000名もの観光客がこの祭りに訪れるとのことです。

山と積まれ、直売されているヴァシュラン
山と積まれ、直売されているヴァシュラン

午前9時、スイスの山々に響き渡る角笛の演奏から祭りはスタート。澄んだ空気の中を3つの異なる音色のハーモニーが広がり、アルプスの山々に響き渡ります。

●写真7

続いて、スイス国旗を悠々と回す民族衣装を着た村人や、4mほどある長い鞭を回して音をならすパフォーマンス。

●写真8 ●写真9

そしてこの祭りの一番の見どころ。アルパージュで一夏中、山の中に放たれて豊富に茂る青草を食べていた牛達が、冬に備え、山から村に戻ってくる大行列です。民族衣装に身を包んだ牛飼いの人たちが、牛達と連れ立って降りてきます。

牛飼いの人々が牛達を引き連れてきます カウベルや花で“正装”した牛達
(左)牛飼いの人々が牛達を引き連れてきます
(右)カウベルや花で“正装”した牛達

スイスのヴァシュランとフランスのモン・ドールは、製法や起源に共通点を持つものの、現在では細かな規定の上で少しずつ違いがあります。原料乳の牛の品種も同様で、スイス側が特に規定を設けていないのに対し、フランス側では2種の牛に限定しているとのこと(注5)。この牛の行列の中にはフランス側のモン・ドールを作っている地域には見られないホルスタイン種も闊歩しているのが見られ、違いを見ることが出来ました。

ホルスタイン種
ホルスタイン種

いつも牛を守ったりまとめたりする犬達も、この祭りに花を添えていました。

●写真13

このシャルボニエール村には小さなチーズ屋さんが開いたヴァシュランの博物館があるのですが、その入り口前では、ヴァシュランに巻く木のベルトや出来上がったチーズを入れる箱の作成を見せていただきました。エピセアの樹皮を決まった長さと幅に削り、それを干してからチーズに巻く前に湯がきます。

エピセアの樹皮を引くデモンストレーション 湯がいた後、干して巻いたもの
(左)エピセアの樹皮を引くデモンストレーション
(右)湯がいた後、干して巻いたもの

チーズを入れる周りの箱にも、このエピセアを使います。

箱を作成中
箱を作成中


エピセアはこの地域の山々に多く茂る原生植物で、クリスマスツリーなどにも用いられる、なじみ深い木です。この地域にあるものを使ってこのチーズが作られてきたことがよく分かります。

お祭り会場には簡易的なレストランスペースが作られ、旬のヴァシュランやこの地域の食材を使った料理などが食べられるようになっており、みんな解禁された季節の味であるヴァシュランを、思い思いに堪能していました。ヴァシュラン自体が完成された美味しさを持っているので、何も手を加えず、ただカットしてパンと共に味わう方も多くみられました。

シンプル・イズ・ベスト!
シンプル・イズ・ベスト!

ヴァシュランのもう一つの美味しい食べ方は、「ヴァシュラン・ショー(熱いヴァシュラン)」。白ワインをかけ、木箱ごと丸のままオーブンで焼いたヴァシュランは、アツアツでとろとろ。香りも高く、贅沢な気分にさせてくれます。

「ヴァシュラン・ショー(あります)」の看板 ヴァシュラン・ショー
(左)「ヴァシュラン・ショー(あります)」の看板
(右)ヴァシュラン・ショー
   実はお祭りで撮影しそびれたため、後日自分で作ってみたものの写真ですが、とても美味しかったです

地元スイスのI.G.P.指定を受けている「ソーシッス・オー・シュー・ヴォドワーズ」というソーセージを、ヴァシュランとともに甘くないクレープ生地で巻いたスナックもありました。

強めの燻製香が特徴的なソーセージで、ヴァシュランとよく合います
強めの燻製香が特徴的なソーセージで、ヴァシュランとよく合います

これは、ヴァシュランとハム、玉ねぎのフラメン・キッシュ。フラメン・キッシュはクレーム・エペス(発酵クリーム)とベーコン、玉ねぎを小麦粉の生地に載せて窯で焼いた、薄焼きピザのようなスナックです。本来はアルザス地方の郷土食ですが、ここのお店ではクレーム・エペスの代わりにヴァシュランを載せたものを提供していました。

●写真21


フランスのモン・ドールとスイスのヴァシュラン・モン・ドール、これまで両者の違いについて深く考察したことはありませんでしたが、せっかく山を隔てて2つの産地に近い所へやってきたのですから、フランス側のモン・ドールと食べ比べをしてみる事にしました。シャルボニエール村から東へ30分ほど車を走らせて山を越えると、もうそこはフランス側。モン・ドールを作っている、メタビエフ村に到着です。山を境にしてモン・ドールとヴァシュランをそれぞれ見ることが出来ました。

フランス側のモン・ドールの生産者であるリシャール氏の製造所を訪問し、スイスで購入してきたヴァシュランとフランスのモン・ドールの違いを、実際に見て試食しながら教えていただくことにしました。
やはりまず外見の違いは表皮の色合いです。フランスのモン・ドールの表皮が白っぽく、少し乾燥気味にも見えるのに対し、スイスのヴァシュランは赤みや表面のべたつきが強く、いかにもウォッシュタイプのチーズという印象です。

左:フランス産、右:スイス産
左:フランス産、右:スイス産

ウォッシュタイプのチーズの製造工程には、チーズの表皮に塩水をつけてブラシなどでみがく「フロッテ」という作業があり、これがこのチーズの特徴である表面の香りやべたつきと、それに伴う独特の風味を生み出すのですが、フランスではフロッテを軽めに行うのに対し、スイスのものは箱詰めした後もう一度フロッテするとのことで、これが両者の外観に明らかな差異を生み出しているようです。
リシャール氏によると、お父様の代まではスイスのタイプと同じようにフロッテをきつく行っていたそうですが、近年のフランスではウォッシュタイプ特有の強い香りやべたべた感が消費者にあまり好まれなくなっており、モン・ドールもあっさりした仕上がりにする傾向があるとのこと。
山を一つ隔てただけの距離ですが、両国間にはそれぞれ異なる嗜好があるようです。

次は、実際に両者を食べ比べてみました。熟成期間がまったく同じものという訳ではありませんでしたのであくまでも個人的印象にはなりますが、スイスのヴァシュランには強いとろみやウォッシュタイプ特有の香りが感じられたのに対し、フランスのモン・ドールの方はまるで白カビタイプ(注6)のチーズかと思うほど癖が少なく、より濃厚なクリーミーさが感じられるように思いました。
リシャール氏によれば、この味わいの違いを生み出す一番のフランス産とスイス産の違いは原料乳で、フランス産は生乳のみなのに対し、スイス産は低温殺菌乳を使う事が定められているということです。

奥:フランス産、手前:スイス産
奥:フランス産、手前:スイス産

フランス側とスイス側、時間をあまり置かずにそれぞれの“モン・ドール”を見る機会を持ちましたが、どちらの国側でも、相手側のモン・ドールは販売されていないようでした。とはいえ特に競争心や敵対心などがある訳ではなく、お互い自分の方の“モン・ドール”を誇りに思っているようでした。

今回のチーズの旅で感じたこと。それはこのチーズを作っている地域の人々の温かさです。スイス側のヴァシュランのお祭りを見学した際も、フランス側のモン・ドール製造所を訪れた際も、明らかに異国人と分かる私達でしたが、どこへ行っても隔たりなく、大変親切に接していただきました。
特にフランス側の生産者の方は、お忙しい中、こちらの質問に丁寧に答えて下さっただけでなく、せっかくだからとモン・ドールの山を見ることのできる景色の素晴らしい所を教えていただくなど、温かな心遣いが印象に残りました。山の人たちの温かさ、そしてこの地域を愛し、山と共に暮らしていることが感じられる旅となり、モン・ドールとヴァシュラン・モン・ドールがこれまで以上に好きになれそうに思いました。


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※今回の「モン・ドールとヴァシュラン・モン・ドールの特性についての比較」に関する記述は、筆者が取材した際の生産者の方に提示いただいた情報、および筆者が実際に試食した際の記録をもとにしています。生産者によって製品の特性は変わる場合もあります。

注1:ウォッシュタイプ
チーズの分類の一つで、表面を塩水やアルコール度数の高い酒などをブラシでこすりながら熟成度を調節する製造方法を取るもの。チーズの表皮をこする(ウォッシュする)ことで、表面に繁殖する微生物の酵素が独特な風味を作り出す。

注2:エピセア  マツ科の常緑針葉樹で、独特の揮発性の芳香を持つ。

注3:アルパージュ  アルプスの放牧地、及び家畜がアルプスで過ごす夏の期間。通常は毎年6月15日から始まるが、あまりにも雪が多い場合は6月末になることもある。
牛たちは放牧されて山に茂る豊富な草やハーブ、花などを食べ、その一帯の草を食べつくすと標高を上げながら移動して行く。アルパージュ開始時、放牧は標高1500mの地帯から始まり、8月中旬には3000m地帯まで移動する。アルパージュ期間中は1日に朝と夕2回搾乳が行われ、シャレ(山小屋)で絞りたてのミルクでチーズを作る昔ながらの農家もいる。牛たちは9月末には下山し、冬に備える。牛たちが夏の間に摂る栄養価の高い飼料によって質の良いミルクが得られ、そのミルクで良質なチーズが作られるという、素晴らしいサイクル。

写真24_25_26_27
(左から順に)
アルパージュ中の牛達 → 搾乳用の小屋 → 搾乳中の牛達 → アルパージュを終えた牛達

注4:A.O.C.=原産地統制名称
   I.G.P.=地理的保護表示
いずれも、特定の生産物や加工品に対して原料、飼育栽培法や製法などを細かく規定した品質保証表示制度の略称。良質な製品の名前を、質が劣ったり製法が異なったりする製品が不正に名乗る事態を防ぐ事を目的とする。

注5:モン・ドールとヴァシュラン・モン・ドールの、製造上の規定の違いを表にしてみました。

 

フランス

スイス

名前 モン・ドール、またはヴァシュラン・デュ・オードゥー ヴァシュラン・モン・ドール、またはヴァシュラン
使用乳 生乳 低温保持殺菌乳(65℃で数秒間)
中身の色 白からアイボリー色 黄色がかった肌色
表皮の色 黄色からクリアな褐色 琥珀色から赤茶色
牛の品種 モンベリアルド種かシメンタル・フランセーズ種(赤みがかったまだら模様) 条件なし
チーズ製造地の標高基準 700m以上での製造、熟成 条件なし
製造期間 8月15日から3月15日まで 8月15日から3月31日まで
販売期間 9月10日から5月10日まで 9月から4月まで
熟成期間 最低3週間 17日から25日
重量(箱も含む) 480gから3.2㎏ 260gから3㎏
A.O.C. および A.O.P.の取得年 1981年A.O.C.
1996年A.O.P.
写真28
2003年A.O.C.⇒A.O.P.

写真29

注6白カビタイプ  チーズの分類の一つで、表面に花が咲いたように白カビで覆われているもの。中の生地は滑らかで柔らかい。白カビタイプで有名なチーズには、カマンベール・ド・ノルマンディやブリ・ド・モーなどがある。

取材協力店
『FROMAGERIE du Mont d’Or』 http://www.lagrangeauxfromages.com
住所:2 rue du Moulin 25370 Métabief FRANCE
Tel:+33 3 81 49 02 36

『Vacherin le Pelerin (musée/magasin)』
住所:Rue du Mont-d’Or 17 1343 Les Charbonnières  SUISSE
http://www.vacherin-le-pelerin.ch/
Tel:+41 21 841 10 14

参考サイト
Fête du vacherin aux Charbonnières: http://www.vacherin-montdor.ch
office du Tourisme du Canton de Vaud/Région du Léman: http://www.region-du-leman.ch
Mont d’or: www.mont-dor.com

参考文献
「Fiches techniques fromages」Yannick QUILLIEN / Franck JARDIN EDITION BPI
「ENCYCLOPEDIE DES FROMAGES」Préface de Joël Robuchon Gründ
「Journal du Jura」2009年10月2日版

フランス産モン・ドールについては、「待ってました!! モン・ドール!!」
https://www.tsujicho.com/column/cat/post-151.html)を参照ください。

このコラムの担当者

西村 雅恵

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