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『シリーズ 釣って、食べて、生きた! ~作家 開高健の世界~』ロケ日記 ③
2011年11月25日

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7月27日(水)■ 曇り時々晴れのち雨
午前中の収録がなかったので練り味噌や各種だし汁、万能だれを仕込んで昼食の準備。
昼食には残っていた鶏肉と玉ねぎ、葱のへたで親子丼と豆腐の味噌汁に香の物を添える。
 朝昼食共にスタッフは大喜び。食事というものの大切さを改めて確認できる。
美味しいものを食べることができれば士気もあがるというものである。

 昼食後、開高先生の当時の足取りをトムさんとたどるシーンの撮影。
宿舎から直線コースで約10分足らずで、30年前は使用されていたが現在は使われていない
船着場に到着。コンクリートは陥没し、船を引き上げた木製クレーンのような機材も途中
から折れてしまっていた。
 しかし、こんな小さな突堤から小船にのって荒海に繰り出した当時の先生の苦労は想像を
絶する思いがした。トムさんは当時、先生と現場で行動をともにしているし、私は宿舎の
キッチンからほとんど出ることが無かったので今、改めてその場所に立つとこの島の自然の力の
偉大さとそれに真っ向から対峙した開高先生の忍耐力には驚かされる。

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 散策中にアザラシの子供を発見したり、岸辺で群がっている昆布を食料として収穫したり、
野鳥の群れや、断崖絶壁に鳥の団地を発見したり、めずらしい山菜らしきものでプチキと
呼ばれる日本の蕗のように筋が取れて、中が空洞で味は独活【うど】に似たものを研究の
ため摘んでも持ち帰る。

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 しばしの休憩の後、オヒョウを釣りあげた船が戻っているとのことで買出しに出かける。
30年前の記憶から巨大なオヒョウを想像したが、期待はずれ。中でも大きめのもの
(長さが1m前後、重さが20Kg)を選んで購入。日本円で約24000円相当である。

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 オヒョウは今、アラスカでも人気で、高値がついており、島民にとれば大きな収入源になって
いる。
 購入したオヒョウを早速持ち帰り、30年前の“姿造り”の再現。まずは、水洗いをして五枚卸し
にするが、皮がずいぶん硬く、身にはそれなりの弾力があるものと期待したが、あてが外れた。
30年前は釣り上げてすぐに処理をしたので、身にも弾力もあり巧く卸せたが、今回は少し時間が
経過しすぎたのか、背筋に包丁をまっすぐに入れ、次に卸す側の身に手をかけたとたんに指が
めり込んでゆく・・・。
 今回のオヒョウは水分が多く身の劣化が早いので卸すのも一苦労であった。5枚卸しにしたあと、
扉では大きすぎるので、ベニヤ板のようなものを器に見立てて“姿”にしていく。
上身は皮を引き、誇張するような大きさの切り身にして、当時と同じように昆布や海胆で姿の骨を囲い込み、
切り身を乗せて再現した。食してみると身に風味はあるが弾力がない。
 撮影中、近在の島民が興味深そうに集まってくる。昔は、刺身などだれも手をつけなかったが、
やはり食情報には触れているのか、その内何名から試食の希望があり、次から次へと・・・子供までが
度胸試しに口に運ぶ。試食した人たちの反応は?決して悪くなかった。

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 撮影終了後、午後11時頃から私たちスタッフの夕食タイム。
オヒョウの切り身に薄塩をして昆布締めにした後、昨日の鍋の残りの野菜などを加えて
“オヒョウのしゃぶしゃぶ鍋”にする。“造り”にすると少し劣ってしまった今回のオヒョウ、
この“しゃぶしゃぶ”は絶品である。あんなに硬かった皮は加熱されてあたかもスッポンの皮のように
コラーゲンたっぷり。締めの雑炊はまるで河豚丸雑炊のごとくで全員が絶句する美味しさ。
 開高先生がここにいればこの風味をどのように表現されたことだろう。
「オーパー」取材の時は前もってとっておいた切り身で日本料理の調理法五方を試してみたがどれも
パッとせず素材としてはあまり期待できない魚としての先入観を持っていたが、今回のこの“しゃぶしゃぶ”
でまったく考えが変わってしまった。

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■7月28日(木)■ 時々晴れ間の出る穏やかな天気
 悪天候のためホテルに足止めされていた家族も本日ようやくアンカレッジに戻っていった。
 ホテルの滞在人数が少なくなったので、部屋の移動をした後に遅めの昼食。
 その後、30年前の取材の際にいろいろ便宜を図っていただき、開高先生主催のパーティーにも来ていただき、
私の料理を食べてくださった島の住民のインノさん(現在62歳)宅にトムさんと訪れ、旧交を温めるシーンの撮影となる。

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 昔の面影を残すインノさんは持病のヘルニアからの痛みに耐えているのが痛々しかった。
約30分ほど思い出話にふける。聞くと明日が誕生日だという。さすがにケーキは作れないが和風の
寿弁当を作ることを約束して失礼する。

 夕食はハリバットのアラ煮、牛蒡を添えて(脂がのって皮も厚いがコラーゲン質)美味い
カジカの味噌汁、キングサーモンの塩焼きに、豆ごはんなどを準備して、9時前からの夕食となる。
途中に デニス夫婦とその息子ウィルが、ビールを持っての表敬訪問にやってくる。昼食時の雑炊は
再び所望され、皆に出す。またもや大絶賛。

■7月29日(金)■ 小雨混じり
 事前にとっておいた、だし汁(鶏や一番だし)を混ぜて、コクのある味わいにして、残り少ない
野菜と魚肉を入れてのうどん鍋で朝食。あっという間に、汁の一滴まで無くなった。
 朝食後は昨日約束をしたイーノさん63歳の誕生日の祝い弁当作りを開始献立は、オヒョウのおかき揚げ、
出し巻き卵、サーモンの幽庵焼き、南京とブラウンマッシュの煮物、ポテトサラダ、鶏と洋野菜の炒め煮、
茄子の田楽、プチキの胡麻和え、おにぎり三種、ヒロシ昆布の佃煮を、とらやの羊羹の黒の箱を弁当箱にして、
盛り込み量的に少ないので、見てくれの良いホテルのミート皿にも口取りに盛る。14:00過ぎに完成。
トムさんとイーノさんの自宅に届ける。

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 簡単な昼食(カレー)を食べ、15:00頃トムさんとの釣りのシーンの撮影のため港に向けて出発。
船着場の海面一面に無数の小さな白い浮遊物が・・・。目を凝らして見ると・・・なんとクラゲの子供である。
少しのクラゲは癒しになるが、あまりに多いと・・・。
 湾から外海にでるとやはり、うねりが大きく竿を持つとバランスがとりにくい、太いキングサーモン用の竿に
1kg程度の錘をつけ大きな針にカジカの切り身を餌にしてつ海中に沈める。針が海底についた感触を得たら、竿を
上下運動させながらあたりを待つ。まったく何もこない。波の大きなうねりの間に“もぐらたたき”のように、
アザラシが入れ替わり立ち代り、私たちをからかうように顔を出したり、引っ込めたりする。
 結局、何箇所かポイントを変えたが最後までつれず、カジカの小さいものが1匹釣れただけ、とても小さいの
で開高先生式でリリースした。

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 島周辺の撮影にスタッフ達は出かけるが悪天候のためすぐに引き返してくる。アンカレッジにまだ帰ることの
できないエドさんも入れてくつろぎながら夜が更けた。最後に片付けをしていると、漁師が水タコの脚1本を届け
てくれたので、塩でもみ、ゆでて吊り下げて冷ます。(丁度、明日の島民を招待しての料理に利用)

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■7月30日(土)■
 簡単な朝食の後、夜の食事(お客様も入れて15名分)の仕込みに入る。
献立は胡麻豆腐(手づくり)、取立て昆布のとろろ汁、鮮魚が手に入らないので酢味噌仕立ての白こんにゃくの薄造り、
洋風築前煮、オヒョウのころ煮付け、やはりオヒョウの香味揚げ、サーモンのおかき揚げ、
蛸の吸盤のから揚げ(身は寿司に)、出し巻き卵、茄子田楽等々。そして、手巻き寿司(たこ、昆布絞めカジカ、椎茸旨煮、
干瓢、厚焼き玉子、胡瓜、長芋梅肉など)。
 本日の夕食会は7時すぎからの予定。テーブルセットも完了、準備万端。仕込みだけでなく、その後の食卓の風景も
撮影されていた。本来なら職業柄白衣の着用を希望するが、雰囲気がかたくなるとのディレクターの希望で私服にタブリエ
だけを身に付けての振舞いで終始とおすこととなる。
 18:30頃から村人が地元の人々がお祝い時などに作る定番のオヒョウパイや“ベーリングスペシャル巻き”にビールなどの
差し入れとともに現れ、食卓は徐々に賑やかさを増す。
 オヒョウパイは上下パイ生地の間にご飯と玉ねぎを混ぜたものを挟んで層にし、真ん中にはオヒョウの身をいれ、
ミルフィーユのようにして時間かけて焼き上げたもの。“ベーリングスペシャル巻き”はオヒョウの身とサーモンでたらば蟹の身を
巻いて、味付けは塩とコショウのみという贅沢、シンプル、そしてすこぶる旨い。

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 まずはバット市長より挨拶があり、島の写真や帽子を記念にいただき、食事会は本番となる。
まずは今晩のメニューの説明をする。こんにゃくと寿司には興味深々。寿司は手巻きのため、レシピを詳しく話し、食べ方の
説明すると皆が想像以上に喜び、椎茸・干瓢の含め煮を興味津々に味わっていた。食べ方に慣れるに従って沢山の具を巻いては
口に運び、楽しんでいた。
 また、田楽味噌など30年前は見向きもされなかったが、今回は喜んで食べていた。やはり、30年前とはまったく異なり、
日本料理に対する情報がそれだけ増え、接する機会も多くなったということだろう。もちろんそれに加えてなんでも食べてみようとする
彼らの好奇心の旺盛さもあるにちがいない。
 胡麻豆腐もとても好評で、お替りする者まででた。しかし、食後の羊羹は甘すぎるということで不評であった。

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食事後は一向に話がつきず結局流れ解散となったのは23時頃。大きな山を乗り越えて、一安心した反面、
 明日は島からアンカレッジに戻れる日。予定通りに飛行機が離陸出来るだろうか?
 

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