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連載コラム とっておきのヨーロッパだより
辻調グループ校には、フランス・リヨン近郊にフランス料理とお菓子を学ぶフランス校があります。そこに勤務している職員が、旅行者とはまた違った視点から、ヨーロッパの日常生活をお届けします。
イタリア北東部、国境の不思議なチーズ屋
 イタリアで料理の勉強をしていた数年前のこと。研修のため、何軒かのレストランにお世話になったが、その中でも、今は閉店してしまったが、ボルツァーノ県(イタリア最北東部、南チロル)の一つ星レストラン「PICHILER(ピッヒラー)」のシェフ、ハンシ・バウムガートナー氏との出会いは、最もうれしく、実り多い出会いであったと思う。
 シェフであるハンシ氏の料理は、オーストリアとの国境地帯という独特の地理を反映し、オーストリアとイタリアとの食文化が絶妙に融合したもので、甘酸っぱい果物を多用した野鳥獣料理や、この地方独特のプリモピアットである“カネデルリ”(パンやチーズなどをベースにした茹でダンゴ)…など、一般に知られているイタリア料理とはかなり異なっていたが、たちまちその摩訶不思議な「国境の味」と、シェフの、おいしいものを楽しみながら創造する、料理への姿勢に魅せられてしまった。このシェフから学んだ独特のレシピの数々は、今も私の宝物になっている。
 ピッヒラーで、料理と同じくらい勉強になったのが、豊富な種類のチーズ。ハンシ氏は、イタリア国内はもちろんオーストリア・ドイツ方面まで足を伸ばして小規模生産酪農家をまわり、作り手が途絶えかけている美味で良質なチーズの販売契約をし、店のチーズワゴンに加えて、レストランに来る客に広めていた。現在、スローフード協会で注目されている“プレシディオ運動”(伝統が途絶えかけている古きよき食品や食材を保護する運動)を、個人レベルで実践していたようなものだろうか。
自慢のチーズを前にしたハンシ氏

自慢のチーズを前にしたハンシ氏

その活動の根底には、消え行く食文化保護への関心ももちろんあるだろうが、あくまでもレストランのシェフとして美味しいチーズを提供したいと言う情熱がまさっていたように思う。
 当時からO.N.A.F(イタリア政府公認チーズテイスティング協会)の会員であり、レストランと併設してチーズショップを持っていたハンシ氏が、2003年にレストランを閉めてチーズ一本に仕事を絞ったと聞いた時は「せっかく評判のレストランなのに、もったいない…」と思ったものだったが…あれから数年。現在ハンシ氏は、イタリアではちょっとした有名人になっている。といっても料理人としてではなく、ちょっと変わったチーズの専門家として名を馳せているのだ。
 彼の現在の肩書きは、イタリア語で「AFFINATORE DI FORMAGGIO(アッフィナトーレ・ディ・フォルマッジォ)」−あまりなじみのない職業だが、すでに完成して出荷されたチーズにさまざまな手を加え、オリジナルな味わいを引き出す人、とでも言えばよいだろうか…。イタリア国内で、これを職業にしている人は15名ほど、いるかいないかだそうだ。
 お世話になっていた時から、ハンシ氏が大のチーズ好きだと言うことは知っていたけれど、オリジナルなチーズを作っている事はまったく知らなかった。一体どんなものなのか、彼の“新作”を探るべく、ハンシ氏の店があるイタリアのボルツァーノ県へむかった。
 「ヤー、ハッロー」とにこやかに迎えてくれたハンシ氏は、相変わらずドイツ語なまりのイタリア語で、うれしくも懐かしい (※注) 。久闊を叙するのもそこそこに、早速彼の現在の居城である、チーズショップ「DE GUST(デ・グスト)」へ案内してもらう。
カフェのようなスタイリッシュな店内 洋梨のチーズ

カフェのようなスタイリッシュな店内

洋梨のチーズ


 店内のガラスケースには、美術ギャラリーのように多彩なチーズが並んでいる。むむ、これらが彼のFORMAGGI AFFINATI(フォルマッジ・アッフィナーティ、風味付け加工されたチーズ)か…店の奥に増設したラボを見せてもらうと、ハンシ氏のチーズ加工の弟子たちが風味付けの作業をしているところだった。これらのオリジナルチーズは、ハンシ氏がまだレストランのシェフだった8年ほど前から試験的に作られ始め、今では40種類以上が商品リストに載っている。オリジナルチーズの正確な数は、ふと思いついては作ってみるのでハンシ氏自身も分からないそうだ。風味づけ加工がすんだものは、商品によって1週間から1ヶ月の熟成期間をおいて味をなじませてから出荷するそうだが、どれを取ってみても独創性にあふれ、意表をつかれつつも楽しいものばかりだ。
 例えば「洋梨チーズ」。カマンベールタイプのチーズに、洋梨のシュナップス(蒸留酒)、そして洋梨の粉末をたっぷりまぶす。洋梨の粉末は、この地域で昔から砂糖の代用甘味料として使われてきた。やさしい洋梨の甘さがカマンベールチーズと見事にマッチし、デザート感覚で食べられる愛すべき一品。
マジア・デイ・フィオーリ

マジア・デイ・フィオーリ

 また「マジア・デイ・フィオーリ(花の魔法)」というチーズ。地元のヤギ乳で作ったチーズ(フランスのシェーヴルに似た形だが、それよりもまろやかな風味)に蜂蜜をぬり、そこに、チロルの高地で取れた花やハーブ(ヤグルマソウやキンセンカ、それにメリッサの葉など)の乾燥したものをまぶしつける。チーズワゴンに華を添える美しさと穏やかな風味で、人気商品の一つとの事。
 他にも、カマンベールに地元産リンゴの蒸留酒とリンゴの粉末をまぶしたり、牛乳のウォッシュチーズを特産の胡桃のリキュールやプルーンのリキュールで漬け込んだり、青かびチーズにワイン用にしぼったブドウのカスをまぶしたり、ヤギ乳のフレッシュチーズに、野生ほうれん草の粉末やイチゴの粉末をまぶしたり…その他風味付けには野生のミント、ゲヴルツトラミネールのワインにコリアンダー、ライ麦のもみ殻、牛の飼料の干し草…一般人には思いもつかないような材料を使うが、決して小手先の冒険心の結果ではないことは、それぞれのチーズを試食してみての完成度の高さから推し測られた。
ミワ

ミワ

 例えば「これぞ新作中の新作だよ」といって出してくれたこのチーズ。題して「ミワ」なるこの一品、なんと日本の塩蔵ワカメを巻いて熟成させてある。ドイツ北部の沿岸部に近い地域で育てられた牛の乳で作ったウォッシュタイプのチーズが原料だが、海の塩分を含む乳と、同じく海のものである海藻とのマリアージュを考えて作られたもの。ちなみにミワは、ハンシ氏にワカメを紹介してくれた日本人の友人の名前だとか。臭いはかなり強烈だったが、味は意外とまろやか。
 この他、ハンシ氏は買いつけたチーズを、風味付けする前に自分の好みの状態に熟成させるため、山奥にある戦前の防空壕を借り、ちょうど洞窟のような冷気と湿度をもつその中でチーズを熟成させたり、またチーズの風味付けに使う干し草は、そのチーズに使う牛乳を出した牛が食べて育ったのと同じ高度に生えている草を使ったり…チーズにも、風味付けに用いる材料の品質にも、徹底したこだわりを見せる。
 地理的にオーストリアに近いことと、ハンシ氏の母語がイタリア人でありながらドイツ語であることもあって、これらのチーズはまず隣国オーストリアで、そしてここ1−2年はイタリア国内やアメリカでも注目され始めた。そんなわけで、高級レストランや食材店からの注文が殺到している。ただ、いくら注文が増えても、少人数での手作業を変える気はないとのことで、残念ながら多くの人はその味わいを知るのに順番を待たないといけないようだ。
 ハンシ氏自身は、料理人から転身して今また別の分野での有名人となったにも関わらず、あくまでも自然体で、おごらず飄々としている。「おいしいものを創造するのが大好き。体に良く質の高いもの、人に喜んでもらえるものをいつも考えている。今は厨房でなくてチーズのラボでだけれど、美味しいものを創りあげる作業は楽しくて、飽きることがない」と言う。
チーズに使う干し草の買い付け

チーズに使う干し草の買い付け

 さまざまな素材とチーズとの組み合わせの思いつきには、料理人としてあらゆる食材を知り尽くした知識と経験が裏づけとなっている。そのため、ハンシ氏の風味付けチーズは、長いスパンで作りあげる、一種の「料理」と呼んでもいいように思える。
 どんな食の驚きと喜びを生み出していくのか、今後もずっと注目していきたい。

(※注)この地域は第二次大戦前までオーストリア領だったこともあり、地元の人々はイタリアよりもオーストリア・ドイツ文化圏にアイデンティティを持っている。イタリア語は学校で習うが、話さない人が多い。



コラム担当

辻調グループフランス校
エスコフィエ校教務部
人物 合田達子
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