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連載コラム とっておきのヨーロッパだより
辻調グループ校には、フランス・リヨン近郊にフランス料理とお菓子を学ぶフランス校があります。そこに勤務している職員が、旅行者とはまた違った視点から、ヨーロッパの日常生活をお届けします。
パリでの楽しみ
年間70万人の日本人がパリを訪れるそうだ。私も年に1度くらいはパリに行くことがある。先日もヴァカンスでパリに出かけた。ちょうど昼すぎくらいだっただろうか、パリのお気に入りのカフェで孤独にたたずんでいたときに、2人の日本人旅行者がやってきて、私の隣の席についた。注文を終えるとカバンの中からガイドブックを取り出し、夕食のレストラン探しをし始めた。しばらくして、2人のうちのひとりが私に話しかけてきた。
パリに限らず、フランスのカフェは夏になるとテラス席が大繁盛。多少の雨でもテラスで一休みするのがフランス。「YOU ARE JAPANESE?」 人種のるつぼパリでは典型的な接近の仕方である。
「はい」「YES」どちらで答えるべきか悩むところだが、一応「そうですが・・・」と答える。
「ご旅行ですか?」 ムムッ、一番返答に困る質問である。「日本から旅行で来られているのですか」と聞いているのであれば「NO」であるが、フランスに滞在しているものの、リヨンからパリに遊びに来てると考えれば旅行者だ。「はい。今はヴァカンスなのでリヨンから1年ぶりに遊びに来たんです・・・」 good job! いい答えだ。「あっ、フランスに住んでいるんですかぁ」と何か探し物でも見つけたような口調で返された。すると、もうひとりのメガネのほうがこう切り出した。「今晩レストランで食事がしたいのですが、パリでお勧めのレストランはどこでしょうか」 あれっ! このメガネはさきほどの私のgoodな返答を聞き逃したのだろうか? 私はリヨンから来た旅行者なのだよ! それも1年ぶりに。気を取り直して「どういったレストランへ行きたいのでしょうか」「パリっぽいものを食べたいんですけど」「パリっぽい?」 これって一体何なんでしょう。多国籍料理のことをいってるのでしょうか、それとも歯ざわりの固いものでしょうか(パリパリってことね)。フランス在住の意地にかけて「パリっぽい」を見つけ出すべく、通常おしゃれ着洗いモードの回転速度程度にしか回転しない頭を、脱水速度レベルにまで上げて考えた。アルザスと言えばシュークルート、プロバンスと言えばブイヤベース、パリと言えば・・・思い浮かばない。パリで流行のレストランを言ってほしいのか、それともポタージュ・パリジャンPotage Parisienのように名前にパリが入っているものが食べたいのか。おそらく彼女たちが期待しているのは前者のほうであろう。しかし「パリっぽい」ものって何なのだろう。

食パン(パン・ド・ミ)で作っている正統派クロック・マダム。パリっぽくないが、私自身、パリに行くと楽しみにしているものがある。それはパリに行くと必ず食べたくなる、いやむしろパリでしか食べないと言ってもいいものがある。「クロック・マダムCroque Madame」である。パリのカフェ、それも歴史があるのか、ただ古いだけなのかあまり見分けのつかない、とりあえず古くから営業していそうな大衆カフェでよく見かける。クロック・マダムとは2枚の食パン(5mmほどにスライスされたパン・ド・カンパーニュを使っているところもある)にハムが挟んであり、その上にチーズをかけてオーブンで焼いたもの、それに目玉焼きがのせてあるだけ。目玉焼がのってなければ「クロック・ムッシュCroque Monsieur」と呼ぶ。林家ペー・パー子と同じくマダムがあればムッシュがあるというわけだ。名前の由来はクロック・ムッシュに目玉焼がのっているから区別できるようにマダムにしたというが定かではない。なんとも合理主義のフランスらしい。また、店によっては他店と差をつけるため、パリの有名製パン店のパンでクロック・マダム(ムッシュ)を作っているところもある。現にパリの老舗製パン店「ポワラーヌ」のパンで作る店には「ポワラーヌのパンを使用」と謳った看板や表示がされている。「ポワラーヌ製のクロック・マダム」に出会うこともパリならではの特徴のひとつではないだろうか。

ポワラーヌのパンを謳っているカフェのガラス窓。ここはクロック・マダム以外でもポワラーヌのパンが楽しめる。 ポワラーヌ製のパン・ド・カンパーニュで作っているクロック・マダム。

私がパリに来ると必ず立寄るカフェのクロック・マダムは「クロック・ジュンヌ・フィーユCroque jeune fille」(クロック・若い娘)という商品名で他店との差別化(?)を図っている。別に目玉焼の代わりに生タマゴがのっているわけではない。クロック・ムッシュは? というと、もちろん「クロック・ジュンヌ・オムCroque jeune homme」(クロック・若い男)である。初めてこのカフェのメニューを見たときに理由を聞かずにはいれなかった。
クロック・ジュンヌ・フィーユという名でクロック・マダムを出しているカフェのレシート。「なんでジュンヌ・フィーユなの?」
「クロック・マダムと一緒だよ」
「名前の由来だよ」
「そりゃぁ、若い娘のほうがいいだろぅ」
「じゃぁジュンヌ・オムも?」
「そうだね。ここは同性愛のお客さんも多いしね」
・・・いやいやなんともパリらしい。(パリ市長は同性愛者であることを公言している)
クロック・ムッシュはパリ以外の地域でもよく見かけるが、クロック・マダムはパリ以外では見たことがない。以前にフランスの片田舎でメニューにはなかったクロック・マダムを注文した時のことだ
「クロック・マダムをください」多少控え目に言ってみた。
「ウチはクロック・ムッシュしかないんだけど」
「知ってるよ、だからそれに目玉焼をのせてほしいんだけど」
「ウチにはガス台がないので目玉焼は焼けないんだよねぇ」
「あっ、そうなの。じゃぁ、クロック・ムッシュでいいよ」
「ちょっと待って。オレに任せておけ。クロック・ムッシュにタマゴなら何とかなるよ」
「じゃぁ、それ」
その間、ガス台がないのにどうやって目玉焼が焼けるのかと話をしながら待つこと10分。オーブンを使えば目玉焼くらいなんとかなるか・・・。私の注文した「それ」はクロック・ムッシュに輪切りのゆで卵がのっているものだった。

このクロック・マダムはパンとパンの間にハムが挟まれてなく、ハムとチーズが上にのっているだけ。ホテルの定番朝食メニューのトースト&ハムエッグと成分的には何ら変わりのないクロック・マダムにパリでの楽しみを感じているのは何なのであろうか。ひょっとすると、クロック・マダムそのものが楽しみなのではなく、クロック・マダムを通して、カフェやブラッスリーのギャルソンと会話をすることが楽しみなのかもしれない。ようやく「パリっぽいものが食べたい」に対する返答を思いつき、自分が思う「パリっぽい」と彼女たちが期待しているに違いない「パリっぽい」の2つの選択肢を用意して質問に答えようとした刹那、私の口から発せられる回答に固唾を呑んで待ち構えている彼女たちの前にクロック・マダムが運ばれてきた。


コラム担当

辻調グループ・フランス校 教務部
人物 田中 誠
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