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【百人一首と和菓子】恋模様
2015年04月08日

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<【百人一首と和菓子】ってどんなコラム?>



お菓子について
諸説あるのですが、「しのぶもぢずり」という陸奥の国信夫郡(現在の福島県福島市北部)で染められていた染物は、乱れ模様のあるもぢずり石の上に布をおき、忍草などを擦り付け、布に緑色の乱れ模様をつけ、さらに模様の間に生の紅花をすり込んで染めたといわれます。

上用饅頭の筆塗りという技法を使って緑色とオレンジ色の乱れ模様を表現しました。
白い生地に規則性のない模様。

恋にも規則なんてありません。
さまざまに乱れる恋心、そんな心の移ろいを、乱れ模様として表現してみました。

豆辞典
14 河原左大臣(かわらのさだいじん)
 本名は源融(みなもとのとおる)。平安時代前期の歌人で、西暦822年から895年を生きた人です。作者名の「河原」というのは、京都六条に奥州塩釜(現在の宮城県塩釜市)の風景をまねて「河原院」という邸宅を作ったことに由来します。塩釜の湾からは松島が見えます。河原院の庭は、大阪の難波から海水を運ばせ、藻塩焼きを再現したという力の入れようでした。上流貴族の邸宅が1町(約1ヘクタール=10,000平方メートル)とされていた時代、河原院の敷地は4町。また、宇治にあった別荘は、のちに平等院となりました。このようなことから、作者が相当な財力を持っていたことが分かります。
 嵯峨(さが)天皇の皇子(=息子)ですが、臣籍にくだって源(みなもと)の姓を名乗るようになりました。『源氏物語』の主人公、光源氏はこの源融がモデルともいわれます。

 さて、歌の方ですが、
陸奥の信夫(しのぶ)で作り出されるしのぶ摺(す)りの乱れ模様のように、私の心は忍ぶ思いに乱れています。他の誰かに恋したために乱れ始めたのではない。あなたのためにこうなった私なのに。

というくらいの意味です。
 作者は恋多き男性だったようです。この歌について、気持ちが入っていないとか、真心が感じられないなどと解釈する人たちもありますが、実際の作者の気持ちはどうだったのでしょう。あなたは、どう感じますか?
 この歌は『古今和歌集』にも入っていて、『伊勢物語』には、この歌の影響を受けた歌が出てきます。

このコラムの担当者

和菓子班の看板娘
加納みどり

辻調の御言持(みことも)ち
重松麻希

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